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聰子の日記広場たより   五七一号  鍬塚聰子
                二〇一一年五月三十一日(火) 旧卯月二十九日
 五月二〇日夕に北九州を発ち帰宅二九日の京都安曇野の旅をしてきました。
 琵琶湖ヴァレーのロープウエーは気が遠くなるような高さで、琵琶湖は霞んでいましたが、広さを実感しました。娘二人と犬四匹(サラと双葉と菫と楓)の女旅です。
 義兄は替わらず心臓機能三十%ですが、いくらか元気そうでした。姉も心臓手術を受けたのでいろいろ手伝うつもりでしたが、安曇野では秋に見た長峰の大楓の新緑や、花の天ぷらのお蕎麦屋さん(前回は椿でしたが今回は予想が当たってアカシアの花)池田のハーブや、白馬栂池(北アルプスは雪!)などすっかり観光してしまいました。
 でも父と連れあいの三回忌を蓼科高原で身内だけで営めて、少しホッとしています。しかし父がいたときは毎日温泉を楽しんでいたのに、今度はわずか一回。
 娘達との安曇野行きはもう何度もしていますが、京都一泊は初めてです。楽な旅でした。長男が京都に移ったので出来ました。沖縄には八年いたのに、一回。今度は二ヶ月で二回!
 お嫁さんともいろいろ話せたし、娘達とこんなに一緒にいられて幸せでした。二人が結婚してからはそれぞれの生活があるからと離れて見ていましたが、連れあいの月命日の直方のお墓参りで会うことが多くなりました。乗せてもらわないと行けません。ある時「おかあさんは用があるときしか電話掛けてこないから」と言われどきっとしました。自分のやりたいことにかまけて家族を疎かにしていたのでしょう。それから努力していますが、用のないのに電話するのは難しいです。でも、何かしら用事が出来てくるからおかしいですね。
 戸畑の中本町商店街に「ほっとするっちゃ」が出来ました。無料休憩所です。三月にほっとするっちゃ祭があり、そのプレで二日間おはなし会をそこでしました。戸畑図書館の依頼で、わたしもおはなしやがらがらどんの佐藤さんもリコーダーの笛田千裕さんも応援に行きました。すると年配の方が梯子に登って垂れ幕を掛けているのです。急いで笛田さんが替わりました。金谷晴美さんでした。七十三歳でひびき高校に入学し三年間無遅刻無欠席昼休みは自宅にとって返し留守番のご主人
の昼食を作り、卒業時は総代で卒業証書を受けた通称ハルちゃん!
とても意欲的で、今日の絵本カフェのおとなの絵本会にも参加です。  

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