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聰子の日記広場たより   五六七号  鍬塚聰子
                二〇一一年三月二十一日(月) 旧更衣十七日
 五六六号の日付でお詫びします。一部は訂正しましたが、実は日付が・・・・・・・・・
 ずっとおたより書くのをさぼっていたので反省して五六五号と同時に書いて、一週間後の日付にしたのでした。二日後にあのような大震災が起こるとは・・・・
 一八日正午までM5以上の余震は262回を記録しているそうです。二〇日に戸畑生涯学習センターで全盲のイラストレーターのエム・ナマエさんのパネル展と講演がありましたが、北九州に来て揺れがなくてやっと眠れましたと仰います。
 東京でもそんな不安なのに、直接被害の方々の生活は想像を絶します。世界から冷静な日本人と賞賛されていますが、いったいどれだけの辛さ悲しみに耐えていらっしゃるのでしょう。恐ろしい津波の映像がテレビ(携帯の)から流れ、何度も流れ、わたしは一人で見ることに耐えられませんでした。ラジオも亡くなられた方の数を何回も繰り返し、これも辛くて切りました。新聞の大きな写真も正視できません。
 「地球のステージ」をご存じでしょうか。世界各地の貧困・紛争・災害地域での医療支援・心のケア活動を、講演形式ではなく、音楽と大画面のビデオ、スライドに写しだし、語りと曲で構成していく「映像と音楽のシンクロ」ステージです。宮城県名取の「東北国際クリニック」の精神科医桑山紀彦さんのステージです。昨年末東ティモールへ桑山さんと一緒に行かれた服部祐充子さんからのチラシはテレジン会場に置きましたが、当日の昨年八月八日はテレジン展の最終日でした。午前中は会場の小倉カトリック教会でテレジンのお話しをさせて頂くというシンクロはあったのですが。
 名取も大きな被害に遭いました。津波が来るからとお年寄りに避難を勧めても渋る方もいて、それを見捨てて自分だけ避難の出来なかった大友歩さん。他の消防団員とともに壊れた消防車に拡声器を持った遺体が・・・・桑山さんは一九日愛知県の大口での「地球のステージ」でみなさんに歩さんのことを伝えました。地球のステージに寄せられた寄金であゆむ基金を作るのです。大震災直後、桑山さんは電気もない診療所で二四時間体制で診察。余震におびえ、疲労は限界でしょうが、多くの人々に
真実を伝えたいとブログも書き続けています。北九州ホームレス支援機
構はお金だけでなく今生活に必要な物資を集め、輸送の手段も確保し
ました。一時的でなく復興するまでの長期作戦です。そして祈ります。 

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