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聰子の日記広場たより   五六一号
                二〇一〇年十二月二十日(月) 旧霜月十五日
 蕪の美味しい季節になり、さらに大根も美味しくなりました。
 この夏の厳しさにもかかわらず、お野菜が美味しくできるのが不思議です。つくる方のご苦労に深く感謝します。
 テレジン展の後遺症というのはおこがましいのですが、終わってからずっと不調でした。七月三十日の戸畑の洞の海花火を自宅の窓から撮したのを最後に、デジカメがなくなりました。翌日テレジン展最終日の八幡図書館に持って行ったかどうかも記憶があやふやで、それで確認の電話をかけるのも出来ませんでした。連れあいが使っていた黒のケースにいれたままで、それには名刺も入れていました。だからもし忘れていればかかってくると言う思いもありました。前のを毀しまったく同じのを買ったので、メモリーもケースに入れていて、とても残念なのに電話していません。電話してデジカメがなかったとき、盗られたと確認するのが嫌なのでしょう。
 テレジン展のアンケートを読むと、それぞれの年代の方が真っ直ぐ向き合って書き残してくださっています。そういう時間空間に傷をつけたくないという私の欲張った心なのかなと久し振りの広場たよりを書きながら思っています。
 十一月二十日黒崎の絵本カーニバルで目黒実さんの、十二月二日おむすびころりんさん企画の横山真佐子さん(下関の子どもの広場)の、そして十二月十四日北九州友の会のクリスマス例会で明治学園長今泉ヒナ子シスターのお話しで、ああと心に響く言葉をいただきました。それはそれぞれ別のいい方でしたが、要は「努力とかではなく、幸運を引き寄せる力が人にはある」ということです。目黒さんと横山さんは、そこに絵本が介在すると。シスターは「神様が一方的に片想いなさって私たちを愛してくださってるから、この世に起こるいろんなことも全ては神様のお約束なのですよ」と。
 連れ合いの死も、そういう約束だったのでしょう。彼が逝くときに側にいてやれなかったという悔恨を、テレジン展にかかることで封印していたのです。でも、
それが決められていたことならと思うことは逃げではないと信じます。
 時間はかかりますが、少しずつ元気になっていっています。十月十一月
と開店休業?だった日記広場は十二月新しい子が三人やってきました。
戸畑でのテレジン展を見てくださったことから繋がったのです。幸運!

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