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聰子の日記広場たより   五六十号
            二〇一〇年十月十七日(日) 旧長月十日
 八幡図書館は北九州で一番先に出来た図書館だそうです。集会室は八㍍×七㍍なので、パーテーションを使いましたが、これが木製でなかなかいい感じでした。すぎのこさんは鶴を会場に飾りました。五歳の子がそれを針金にくっつけるとき「こうやって広げたらいい」と折りたたんだ鶴の翼を広げました。ああ、そうだねと今までつけていた鶴の翼を広げました。すると鶴が飛んでいるようでした。
 戸畑生涯学習センターの市民ギャラリーはとても広いのですが、開幕三日午後一時は入場者一七三名で一杯でした。谷本仰さんの「即興演奏によるダイアローグ」  テレジンの子どもたち、そして目の前の命溢れる子どもたちとの対話がヴァイオリンだけでなく鴨笛(赤ちゃんの泣き声のようで、涙が・・・・)やいろんな音で差し出されました。賛美歌「おもえばむかしイエスきみ」では谷本さんの目にも泪が。
 七日は「いのちを奏でいのちと踊る」垣内美希さんと野田いづみさんの音楽と身体表現です。大きなトランクがひとつ。未紀さんのギターでいづみさんが踊ります。引き締まった体なのに、柔らかく大きく包まれるようでした。布ばらも加わりました。美希さんもみんなの中に入っていきます。お二人の「曇天光」をギャラリー真鶴で見たとき、テレジン展で踊っていただきたいと願いました。その美希さんは、テレジンの子どもたちが喜んでいるでしょうと聞いて「そうだろうか?あんな酷い目にあって、こんなことくらいで慰められるだろうか?」そして「そこまで酷い目に遭って何もかもを奪われたはずなのに、死してなお、惜しみなく残された人たちに尽くしている」と教えてくれました。そうです、子どもたちからのプレゼントを私たちは受け取ったのです。美希さん、ありがとう。
 最終日は一時から小倉カトリック教会でテレジンのおはなしを平和集会の前にし、三時半から詩の朗読で、リハーサルなし。でもピアノは谷口淑子さん、リコーダーは原田大裕さんなので、心丈夫でした。小学三年生から高校二年生まで十三人が野村路子さん訳の詩十二編を読みました。マイクは用意しませんでした。マイクがあればはっきり伝わるでしょう。でも、たとえ聞こえなくてもそこに漂う見えないもの聞こえないものを感じてほしかったのです。今の世は、強く
大きく激しい音に囲まれすぎています。細く小さく弱くても
ひとの口から出る真の言葉を静かに受け取りたいのです。

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