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平成二十年度さと子の日記広場たより十四号 通算550号
二〇〇八年十二月二十日(土) 旧霜月二十三日

 十一月は広場たよりが書けませんでした。
 ちょっと込み入るのですが、母が亡くなる前から姉夫婦は、安曇野市へ移住を考えていました。それで父の介護の一年を経て決心し,柏矢町駅に近い一戸建てを購入しました。その引っ越し前に義兄は心筋梗塞で入院!でも、姉は茨城へは帰らずに引っ越しをやり遂げました。そのとき娘達が再度手伝いに行ってくれていたのです。
 心臓が三十パーセントしか機能していない義兄の療養を、日当たりの良い転居先で過ごさせたいのが人情です。有明の父と柏矢町の夫の介護を姉ひとりでは出来ません。
それで十六日(日)から父の介護に行きました。その前は連れ合いと二人で、それから交代の形で娘達が三週間も滞在し、どんなにか力強かったことでしょう。そして何より義兄の「この世の役に立つためにまだやり残したことがあるから生きたい」という強い心がめざましい回復に繋がったのでした。
 さて、穂高にはパソコンがあるしと軽く考えていたのですが、町民会館で活動している人以外は印刷機使用は駄目とのこと。他に手だてを講じることないまま、十一月が終わったのですが、右足首が異常に痛くて、整形外科受診したら、変形性足関節症とのこと。 歩かなければ痛くありません。十年前の変形性膝関節症と同じで、軟骨がすり減って、歩くと骨と骨がぶつかるから痛い。折尾のモトムラ鍼灸院に泣きつき、FAXで灸点を指示してもらいました。転居先の内装工事のため、姉夫婦が有明へ来たので、乗り換えを少なくしての北九州に一時帰省中でこれを書いています。
 父の腰も、少しくらいは杖なしで歩けるくらい回復しています。体の状態も「健康です」と医者の太鼓判つきです。ケアマネージャーも「ひとり暮らしできますよ」と仰います。現に隣家は父と同年の女性のお一人暮らしです。女性と男性では事情が異なるでしょうが、父はご飯も炊けるしお味噌汁も作れます。
 暮れには長男夫婦も沖縄とタイからと合流し、柏矢町でお正月を迎えようと計画しています。父は有明が住み慣れた良いところでしょうから、ひとり住まいも検討し、柏矢町にも父の部屋はあるし・・・・
 谷口としこさんは元気でがんばっています。「議員になるのが最終
目的ではなく、多くの人に私の考えを伝えたい」というとしこさんを
応援するためにも、一月中旬の帰省という強い願いを持っています。

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