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平成十九年度聰子の日記広場たより二十一号 
 通算五三六号     二〇〇八年三月十九日(水)旧如月十二日

 十七日晴れ、小学校の卒業式に図書室支援として来賓席で参列しました。マラソン選手として有名な君原健二さんが教育委員としてご挨拶されました。じつは沢見中の四年先輩で、彼の弟さんとは小学校は同じクラスでした。
 ご挨拶の後、ご自分の言葉で「佐賀北高校」のことを話されました。甲子園で優勝したとき、監督の次に胴上げされたのは、キャプテンでもピッチャーでもホームランを打った選手でもなく、ベンチでずっと試合や選手の記録をとり続けた三年生だったのだというお話しでした。選手がベストの状態で出場できために記録していましたと当人は言っていたそうですが、そういういわば縁の下の力持ちがいたから優勝できたのだし、それがいかに大事かを選手たちがわかっていての胴上げだったこと、その二点に深く心を打たれました。こつこつ諦めずに続けることがいい結果を生み出すことを話されたのでしょうが、そういう意味も含めて、話を聴けた卒業生は幸運です。
 式が終わって、卒業生を見送ろうと外に出ました。二〇〇一年以来スクールヘルパーのHさんが、石ころを全部掃き寄せて歩きやすい道にされていました。いまM小は新築中なので、見送りにいつもの桜並木の坂道は使えません。五年生の鼓笛の演奏に送られ新校舎と旧校舎の間を通って帰るのですが、その道をHさんは歩きやすいようにと、車椅子の子もいるからと少し顔を出している石ころも掘り起こして、歩きやすい道にしてくださっていました。
 四四七号(二〇〇四・十二・八)の裏面に、毎日新聞の学校取材の「今月の人」でHさんと私の「安全と読書ボランティア」の記事を載せました。その時のHさんは「子どもたちの将来を築くのはおとなの責任です。地域の人たちが子どもたちと関わり合える機会が増えるといいですね」と語られています。
 君原さんのお話を聴き、美しく掃かれた道に出会い、いい卒業式だったと思いました。道をきれいにしたのがHさんだと子どもは知らなくても、見守るおとながいたことを子どもは感じているはずです。それが子どもの持つ素晴らしさです。そしてそう意識せず大きくなっていきますが、ある日ある時、例えば逆境で思い出し、
勇気づけられるかもしれません。それくらいおとなの無私の行動は
素晴らしいのです。そうです、子どももおとなも素晴らしいのです。 

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