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平成十九年度聰子の日記広場たより十八号 
 通算五三三号     
二〇〇八年一月十六日(水)旧師走九日

 穂高の庭には鬼灯が色を残していました。母がことさら大事にしていたのだそうです。雪の中、いい色でした。
 喪とは、亡くなった人を追悼する礼だそうです。特に、人の死後、その親族が一定期間、世を避けて家に籠り身を慎むこと、と広辞苑にあります。
 葬儀を終え戸畑に帰って、年末にまた穂高へ行くまでのあいだ、まったく外に出たくありませんでした。人と話すことも出来るだけ避けていました。自然に喪に服していたのでしょうか。
 ブログやミクシーやお手紙や、それらを通じて沢山の方から励ましをいただきました。こういう不思議なこともあります。独身時代からの友人敏子さんに会いたいけれど、母のことを話すのが辛くて電話しませんでした。母の古い知人に、母のことをお伝えしなければと急に思い立ち小倉に出かけたのですが、彼女から声をかけられました。夏の海峡花火を見たいと待ち合わせしていたのに、携帯をかけても通じず、焦りまくってやっと会えた二人でしたし、いままでにどこかで偶然会うことなど皆無でした。それなのに・・・・彼女はお母さんの介護をするために早めに退職した人です。彼女と話すことでまた別の道がつくようにと、母が会わせてくれたのでしょうか。
 今回、日記広場をしていて良かったと深く思いました。子どもたちの声が動作がまなざしが、わたしを元気づけてくれました。
 母が倒れたときに助けようとして腰の骨を損傷し全治三ヶ月の父の世話を茨城の姉夫婦がしてくれています。介護の手助けにと年末から五日まで出かけたので、今年最初の日記広場は九日でした。信州土産の蕎麦の準備をしながら「信州信濃の新蕎麦よりも、わたしゃあんたの側がいい」を教えたら「・・・・・・・わたしはあなたの側がきらい」と変化させての大合唱が起こりました。とっても楽しくて、何度も何度も聴きました。
 蕎麦と言えばつゆ。七百ccの醤油と味醂同量、昆布二十c、干し椎茸十枚、鰹節八十グラムを一晩つけて煮出した八方出汁は、薄めてそばつゆに最適です。野絵ちゃんはある蕎麦屋で「ここのより日記広場の蕎麦がずっと美味しい」
と言いました。何と嬉しい言葉ではありませんか。ミシュランの
星印よりもずっとずっと価値のある言葉として響きました。                             カット穂高の鬼灯