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平成十九年度聰子の日記広場たより十三号 
 通算五二八号     二〇〇七年九月二五日(火)旧葉月一五日

 仲秋の名月は、宵にその輝きをちらと見せてくれましたが、あとは雲の中!
 はしたなくも「クソ暑い」と言ってしまったほどの今年の暑さでしたが、お彼岸
になると彼岸花の咲く不思議に、毎年感心しています。
いえ、不思議でもなんでもない自然の摂理です。何億年何万年かけてそう
なってきたのでしょう。人間の営みはそれに較べて変化が大きくて、
パソコンを始めデジタルだモバイルだとなんだかんだと確かに便利ですが、
人間の身体にはそれに適応するだけの力はまだ出来ていないと聞きました。、
 このおたよりもパソコンで書いて、その便利さに大いに感謝しているのですが、
インターネットで簡単に情報が手に入るので、書き留めたり、新聞を切り抜いたり
の手作業をしなくなりました。時間をかけて手に入れたのは身につくけれど、
マウスの操作でコピーしたのは小手先の薄っぺらな知識でしかないようです。
 前号で触れた「おとなが楽しむおはなしの会」のあと私も「おはなし」を覚えて
語ろうと一歩踏み出したのは、薄っぺらな知識ではない確かなものを自分の中
に持ちたい思いからです。
 福岡おはなしの会のお二人の、絵本と同じくらい引き込まれる静かな肉声に
ほれぼれしました。そして七〇代のかたの「六〇歳から始めました」この一言が
背中をぐいと押したのです。やるっきゃない!
 とはいうもののおはなしを覚えるのは大変です。先ず『おはなしのろうそく』の
一番初めの『エパミナンダス』。ケイトミュージックに続いてしんり幼稚園の先生の
研修会で、そして九月五日の牧山小学校の読書の日(北九州の小学校で一番
始めに朝の読書を取り入れた歴史の日)に、全校生徒の前で語りました。
ケーキの次のバターが出てこずに、未熟さを思い知りました。それにもめげず
『かしこいモリー』に挑戦中なのは、絵本を読むときとはまた違った
「言葉が伝わっていく心地よさ」を味わったからでしょう。
 困難な道へ誘い込んだすぎのこもりさんには感謝しています。
で、六月末の日記広場で「おはなし」をしていただきました。
野絵ちゃんと祐利くんと有紗ちゃんの素晴らしい聞き手(とすぎさんは褒めてくださった)と、
素晴らしい語り手との濃密な時間でした。百歳になる石井桃子さんの『ありこのおつかい』
を聴いた野絵ちゃんはお母さんに「あの人がありのありこを書いた人なの?」
と尋ねました。どれだけ素晴らしかったか、おわかりでしょう。
                                      カット琉球月見草