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平成十九年度 聰子の日記広場たより六号 
 通算五二一号  二〇〇七年六月九日(土)旧卯月二四日

 水俣の不知火海を初めて見ました。静かな静かな明るい海でした。
 一昨年水俣へは、インターネットの指示通りに、八代から水俣まで新幹線を利用しました。速いのは速いのですが、乗り換えが何回もだし、なにより風景が見えないのが不満でした。今回は、熊本の川尻に用があったので、そこから八代まで普通列車。水俣までのおれんじ鉄道は、不知火海の上を走るようでした。マイウエイカードを利用すると、四割引なので、特急利用でも往復一万円内にはびっくり!年齢に感謝。
 さて、「暦のワークショップ」のおれんじ館には若い人が多かったのが印象的でした。ガイアみなまたの敦子さんは若い人に私たちが伝えなければならんのよ。ガイアみなまたはそういう場を提供できるのが嬉しいと、世話人の若い人を応援しています。
 ガイアみなまたは二月に「六ヶ所村ラプソディ」 を上映し「私の仕事は 六カ所村のことを多くの人に伝えることです」という冨田さんが講師に招かれ、そこから「暦のワークショップ」が実現したのです。
 冨田さんの話を聞いたのが機縁で、つい一週間前に水俣に移り住み、染めと織りと紙漉を一年間住み込みで習うという二六歳の方、五歳のお嬢ちゃんとインド・タイを放浪してきたという二十三歳の方、走り回る豚を飼うのが夢の養豚業の方、キャンドルナイトを実現しようと頑張って、水俣市報に予告を掲載した方。三線を弾くいけぽんはナイスな鍼灸師さんと結婚したばかり、そういう若い方ばかりでした。
 世界共通の暦は現在はグレゴリオ暦です。十六世紀に グレゴリオ十三世がキリスト教のために作った新暦です。日本は明治六年に導入したのですが、それまでは、六世紀に仏教伝来と同時に入ってきた太陽太陰暦を一三〇〇年にわたって使ってきました。 だから、わたしが月のことが妙に気になるのも当然です。 皆さんも月の満ち欠け、太陽の高度角度で、何かを感じていらっしゃるでしょう。そういうDNAを私たちは持っているのです。わずか百四十年いえ、正確に言えば戦後六十三年では変わりません。祖先が持っていた太陽や月からの メッセージを心と体に受け取る力を
私たちも確実に持っています。六月二十二日はキャンドルナイト!
灯りを消しましょう。旧皐月八日上弦に近い月が西の方角に
見えます。ゆったりとお月様を心と体に感じてみませんか。 
                      カット 水俣の槇の木の花