一覧表へ戻る
平成十九年度 聰子の日記広場たより五号 
 通算五二〇号  二〇〇七年五月二十三日(水)旧暦卯月七日
 
 前号の日付が間違っていました。十二日ではなく十九日(土)です。
旧暦は正です。
 こういう細かいところで間違いが多くなり、加齢のせいにしています。
自彊術もさぼっているからでしょう。北九州市長選挙運動中の二週間は忙しいにも拘わらず毎朝出来たというのに。あのときは、選挙カーの乗り降りで躓いたりしたらみっともないし、体調が悪くて迷惑をかけたら済まないと気が張っていたのでしょう。おかげで二キロも痩せて嬉しかったのですが、リバウンド?妊娠中を除いて過去最高の体重になりました。でも体重が増えて人に迷惑かけるわけではなし・・・・というわけでダイエットには知らん顔!

 こどもの日の西日本新聞の社説に注目しました。
  子守唄で「親子の絆」深めたい
 壱岐で民話伝承グループ「いろり座」を二十四年間続けている平山宏美さん開催の「日本子守唄フォーラム2007in壱岐」の記事でした。
 政府の教育再生会議が、親に向けた子育て指針「『親学』に関する緊急提言」にも
子どもに子守唄を聞かせ母乳で育てること・授乳中はテレビをつけないこと・早寝早起き・朝ご飯の励行などが盛り込まれています。
 以前にも書きましたが、二歳まで(三歳の誕生日を迎えるまで)テレビを見せないことはとても大事なことです。人間の声が乳幼児には必要です。抱っこされ声をかけてもらい、お乳を飲ませてもらい、そうすると包まれている満足感がこどもを健やかにします。赤ちゃんはお乳を飲んでいるとき、乳首から口を離して必ずお母さんの顔を見るそうです。目と目があって認められたと満足してまたお乳を一心不乱に飲みます。このとき親が携帯やテレビに目をやっていたら?赤ちゃんは満たされません。
 不幸がここから始まっています。テレビを見せていると静かだから手がかからないと思っていたら、大間違い。テレビに対話はありません。一方的ですから関係のない関係です。だから、電車の中で平気でお化粧が出来るのです。それにテレビやビデオは機械音でしかないという致命的な欠陥があります。風の音、木のそよぎ、鳥の声、幼いときこういう自然の音に触れ、そして何より抱かれて子守唄を聞いて眠りにつけば、人が人を慕う心が育ちます。昔と違う親子の関係になっているのは子守唄が歌われなくなったからと言えるのではないでしょうか?