平成十八年度 聰子の日記広場たより28号

 通算五一三号   
      二〇〇七年二月十日(土)   陰暦師走二十三日


 日記広場を二週間お休みしました。
 一月二十一日から二月三日まで、北九州市長選に 「笑顔の北九州をつくる会」から立候補した三輪俊和さんの応援に全力投球しました。岡垣町議会に立候補し当選した西田陽子さんの手作りの選挙以来です。
 門司の男性が生活保護申請も受けられずに餓死した事件が、三輪さんの立候補の契機です。市民の生活を守るために立ち上がったのですし、それを実現するための政策は、経済学者としてのこれまでの研究から計算された確かな数字としてあげられています。お金がらみ政党がらみの候補者とは違う、しがらみのないクリーンな候補者です。
 結果は大差で地元で長く議員活動をされた方が当選しました。彼が出したマニフェストは「お借りしましたよ」と言ったように三輪さんの政策に似ています。
 だから、負けた勝ったではなく、これからの北九州市政で約束が実行されるかを見ていく市民であることが始まるという気持ちです。
 今回の選挙では、いろんな矛盾を感じました。まず選挙権がないと運動できないこと。北九大の一年生は悔しがっていました。それから一番おかしいのは告示以後は候補者名の入った政策チラシは配れないこと。有権者に何を選ばせようというのでしょう。だから名前のないチラシに候補者の母という名刺を添えて配っている陣営も、候補者車は二台と決まっているのにそれ以上でている陣営もありました。また候補者がいなければ名前入りの旗は立てられないのに、他候補の旗をあちこちで見ました。そういうことは実際に選挙運動に携わらないと知らなかったことです。
 またメディアのゆがみも感じました。公開討論会が告示前にありましたが、録画して放送するという青年会議所の企画がS派の反対で中止になりました。ある放送局TVQです、は他の二人は生出演で政策を討議させ、三輪さんはビデオ出演という不当な扱いでした。メディアの影響は強いだけに、公共性を守る義務があるはずです。
 正義は政治には通らない、と選挙に関わった若い人達は思ったことでしょう。でも、そういう政治を若い力で変えていこう、どうすれば変わるのかを三輪さんと一緒に勉強し実践する集まりも出来ることでしょう。思うだけでは
変わらない。動かなければ変わらない。人生も政治もです。
 
選挙つれづれ
 代表はいろんな時に、真っ先に挨拶しなければなりません。告示日の出陣式もそうでした。
 一昨年の秋、熊本の古今フォーラムで歌の朗詠を習いました。その時のテープを聴き直して三輪さんの名前の折句を作り、練習して「古式に則り」やってみました。

  
みわたせばとしふるひともおさなきも 
           かずかぎりなき 笑顔なるかな

 家で練習しますが声が出ません。息が続きません。仕方ない、息継ぎしてもいいと度胸を決めたのが良かったのでしょうか、思いがけず声が出ました。ケイトミュージックでボイストレーニングを受けた成果とその朝頑張った自彊術のおかげでしょう。 
 出陣式から二週間、候補者車に乗り、スポット演説したり、集会所などでは個人演説をしたり、車を乗り換えるときは百b十三秒の候補者に遅れまいと走ったり・・・・走れたのです。ある時はぐれて、タクシーに「あの車を追ってください」とテレビドラマ風の台詞を言って高速を走ったり、楽しい経験をしました。この間自彊術を続けました。ウエストが細くなったのですが・・・・・