平成十八年度 聰子の日記広場たより23
 通算五〇八号      二〇〇六年十一月八日(水)陰暦長月一八日
 
 いじめを苦にしての自殺が相次いでいます。なんと無惨なことでしょう。
 日記広場に頼史くん二歳、百恵ちゃん一歳がいます。赤ちゃんの時からの二人を見ていると、人間の頼りなさと同時に素晴らしさを感じます。気持ちの良いことに心地よく反応し、いやなことはいやと身体が即反応します。
 自殺した子どもたちは、もう心も体も「生きたくない」と反応したのでしょうか。死んだら親が悲しむとは思わなかったのでしょうか。それほど軽い命だったとは思いたくないのですが、命を軽く思っての死のような気がしてなりません。
 二月、有田町の教育委員長のお話しに感銘を受けたことを書きました。(四八二号)
その方は有田町のHPに「教育長室の窓」http://www.town.arita.saga.jp/ を書かれています。「日記広場たより」をお渡ししたら、しばらくして「僕も日記をHPで書き始めました。見てください」と嬉しいお電話をいただきました。
 第五一号は「僕もいじめられっ子だった」のでびっくりしました。肺炎で長期欠席し体力学力の不足が格好のいじめの標的になり、片道四キロの通学路では弁当は取り上げられ、上級生を負んぶして坂道を上り、水際に掘った穴に埋め泥水をかけられ、泳げないのに崖から池に放り込まれ、気を失い、それがまた心配かけたと、息吹き返したら暴行を受け、それでも親に「いじめられた」とは言わなかったのだそうです。
 そして中学時代に「民主主義は学園から」というテーマで弁論大会に出ますが、「ぼくは決して弱いものいじめはしない、いじめさせない」という内容を聞きつけたかっての「いじめっ子」は出場辞退を迫り、拒絶するやコートをかぶせての殴るける、歯は折れる、顔のデッサンは狂うほどの集団リンチを受けたのだそうです。
 そういういじめに打ち勝って、今の木本信昭さんがいらっしゃるのだから、初めてお会いしたときに感じた人間味は本物だったのです。
 だからといって、いじめがあっていいわけありません。いじめる方が絶対に悪いのです。いじめられる側にも何かがあるとか、そんなことは絶対にあるわけがありません。
 子どもの自殺はいじめが原因だとの親の訴えが「悪ふざけだった。いじめ
とは断定できない」と却下されたとのニュースに暗澹となりました。ここにも
「きまり」を盾に見えないものを見ようとしないおとながいます。辛いです。
                                     カット 金木犀