平成十八年度 聰子の日記広場たより19号
       通算五〇四号  
二〇〇六年九月十六日(土)陰暦閏文月二十四日
猛暑の後は一変して涼風が、そして台風と、大げさですが一日一日を確認して生きています。前号でご紹介し支援をお願いしたかるなちゃんも、手術を受けにドイツに出発しました。ありがとうございます。元気な帰国を祈ります。
 私の身辺も激動の秋です。北九州芸術劇場リーディングセッションの出演も、老女の存在感が出たかどうかは自信がありませんが、舞台経験のある若い方たちの全身にみなぎる生命力に刺激され、カーテンコールでは、達成感・一体感で涙が出ました。
 十月・二月とオーディションがあるそうです。一週間まるまる開けることが可能ならば、是非受けてみられませんか。年齢・経験不問で、しかも出演料が出るのです。それよりも何よりも、台詞無しでしたが(その方がアクセントに自信のない私は好都合)舞台を作り上げていく過程に身を置けたことは、文字通り有難いことでした。
それで演劇に縁が深くなり、十月六・七・八日に小倉北区のスミックスホールでの「新しい天使〜月に一番近い丘まで〜」の北九州制作団に参加しました。これは東京のテント劇団が韓国光州で上演し、それを見た広島の方が「アリノネ」を作って再び上演したのです。そのときの音楽担当が谷本仰さんでした。若いとき釜ヶ崎に出会い、牧師になられ、ずっとホームレス自立支援に取り組んできた仰さんは、これに取り組む若者たちに「希望」を感じ、北九州上演を企画したのです。戸畑高校後輩の谷瀬美紀さんが事務局長で、この情熱も素晴らしいものです。
 一九八〇年に起きた光州事件を背景にした内容ですが、今日も世界で行われ続けている虐殺や戦争といった「世界のキズアト」が、今を生きるわたしたちの「希望」や「未来」に深く関わっていることを意識します。それは、辛いことなのですが、無視して生きることはできません。
 十月二十八日公演の「やけのはらから」もそうです。昭和二十年八月八日の八幡の大空襲の焼け跡から助け出された少女の実体験が母体です。熊手町クリニック院長吉本哲郎さんの書き下ろし作品にショスタコービッチ の交響曲十三番がピアノ生演奏で入ります。演出助手で参加します。その時代に生きたわたしたちは
知らない人に伝えなければなりません。伝えようとしなかったから、
曖昧にしてきたからか、今日の混迷が生まれたような気がします。
           カット サルビア 緋衣草  シソ科