平成十八年度 聰子の日記広場たより14号
 通算四九九号   二〇〇六年七月五日(水)旧暦水無月十日

 六月十四日に、牧山小学校の家庭教育学級の第一回目「食育のお話」を聴きました。鞍手にお住まいの上級食育士中村靖子さんです。卓上には真っ白な百合が豊かに飾られ、靖子さんのきびきびしたでも心のこもった話にぴったりでした。例のごとく一番前で聴きます。お母さんもたくさん聴かれて、良かったなあと思いました。
 一九三九年満州生まれの靖子さんの父上は「食べるものに手を抜いたりケチったりして病気になるのはばからしい」とよく言われていて、その言葉が、食育士の道を勉強するきっかけだったとのこと。子どもが手を離れた二五年前、四二歳の出発です。
 二〇〇五年に食育基本法が制定されました。西日本新聞版の『食卓の向こうから』は新聞に連載中から注目していましたが、食育という言葉は記事の中によく出ています。「よみきかせ」と同じで新しい言葉かと思っていたら、違うのだと知って驚きました。
 インターネットの「財団法人食生活情報センター」に詳細がありました。
 「食育」という言葉は、明治31年石塚左玄が「通俗食物養生法」で「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と、明治36年には報知新聞編集長であった村井弦斎が、連載していた人気小説「食道楽」の中に「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある」
 その頃の食事情と現在のそれとは、別の意味での危機があるから強く取り上げられるのでしょう。成人病は子どももなるから「小児成人病」と言ったけれど、「生活習慣病」と変えたけれど、その危険性。食事が「美味しく楽しく」できるように豊かになったけれど、そこに「簡単に」が入ってきたから問題が起きてきたという指摘は、食品添加物の怖さを話された安部 司氏も同じです。手間をかけない分、作る人の思いも省かれます。どんな形で子どもの口にはいるかを考えなければいけないのです。家族で囲む食卓には目に見えない豊かさが生まれます。心と体が育ちます。
 少量の良質オリーブ油で玉葱八ヶ人参六本を十分炒め、煮干しのだし汁でのばしカレー粉を入れる野菜カレーを教わりました。早速作って、日記広場の
土曜日に食べました。辛いけど美味しいとお代わりをする子どもを見
ると時間をかけた甲斐があります。余分な油がないのでお皿も簡単に 洗えます。脳が喜ぶのを食べると、心も体も元気になるのです。食は源。 素麺カボチャの類