平成十八年度 聰子の日記広場たより13号   通算四九八号  
    二〇〇六年六月二十八日(水)旧暦水無月三日



 題字が少し変わりました。
 私のパソコンももちゃんでDVDが見られるようにと次女夫婦が扱ってくれたのですが、ウイルスに冒されていたことがわかり、ひょっとすると今までのデーターがなくなるかもしれないという危機に面しました。日記広場展の用意はまだほとんどできていません。資料がなくなると、どうなるのか・・・・
 そのときわたしは北九州芸術劇場リーディングセッションのオーディション会場(前号の裏参照)にいて、一次審査に通り、二次審査を待っていました。
 六〇数名のいつもより(六回目)多い応募者で、年齢経験不問と応募用紙に書かれていましたが、どうしてどうして演劇活動している若い人が多く、朗読を長年やってらっしゃる方もいて、台本を読むのが上手で聞き惚れます。だから受かるとは思っていませんでしたので、十九番と呼ばれたときは嬉しくて、笑みがこぼれました。
 それで、いいことがあったら悪いことも起こるのだなあ、受からないと良かったのかなあと思いつつも、時間があったので人気のない廊下で自彊術をして汗をかいたら、手書きにしてもいいし、何とかなるでしょうと腹をくくることができました。
 だから十九名から約十名を選ぶ二次審査では、残っただけでも話の種になると思うものですから、演出の鐘下辰夫さんの審査前のレクチャーを楽しく聴くことができました。なにしろ演劇関係は初めてですから、新鮮です。台本の台詞は語りではない。その人の状態を表すのではなく、会話の目的を考えることなど、面白かったので、鐘下さんが「この会話の目的は?」と全員に問いかけたときも気楽に声が出て、何度も答えていました。それが良かったのでしょうか、三島由紀夫の「近代能楽集」の『斑女』と『弱法師』の役柄としてはないのだけれど、存在感(と電話で聞こえたのですが)あるので、出てくださいますか?とその日の九時過ぎ電話がかかりました。
 八時から八時半までに合否を電話しますというので、待っていたのにかかりません。そうか受かった人だけにだったのかなと思っていた矢先でしたし、アクセントに自信がないというのもあって「台詞なしは気楽ですから」と引き受けました。
 しかもデーターはおかげですべて残りました。でも、能力アップ
したパソコンを使いこなせないので、もとの題字にならないのです。