平成十八年度 聰子の日記広場たより12号
 通算四九七号 
     二〇〇六年六月二十一日(水)旧暦皐月二十六日

  関東には関西からやって来た人が多い。これが受けた理由やそうです。
 「博多弁、北九州弁の童話を作りませんか?」と投げかけられましたが、どうも方言には弱いのです。
 大学に入ってすぐのクラスコンパで、指導教官は自己紹介をちょっと聞いただけで出身を当てる方でしたが、私のを聞いて「君はわからん」と言われました。満州で生まれ、日田、久留米、八幡そして戸畑に住みましたが、どこの方言も話せません。
 小さい頃からあまり喋らない子だったし、本ばかり読んでいたからでしょう。読んでいたのも、童話とか昔話ではなく、日本文学全集や世界文学全集なので、方言はありません。でも熊本弁は良かったですねぇ。でも真似出来ません。博多弁も好きです。でも喋れません。
 第五回日記広場展で九日に「さんびきのがらがらどん」を子どもが上演します。脚本を書いている有紗ちゃんに「北九州弁」で台詞言おうよ、と提案しましたがあまり乗り気ではありません。いつかおとなでやってみましょう。
 方言が苦手なのに、京都弁で「枕草子」を朗読したいという夢を抱いています。源氏物語を朗読したとき、抑揚をそれ風にして、自分で楽しんでみましたが、もっと本格的に試みたいのです。
 まだ絵本講師になっていないのに、前号の裏面に載せたように「子育てサポーター・養成講座」でお話しする事になりました。《子どもの本のはなし》をします。始めにお断りとして「日記広場たより二七七号」を皆さんが読むことになります。それは「読み聞かせ」反対論だからです。言葉には魂があるから、無意識にせよそういう言葉を使って欲しくないと伝えるのが使命だと思うからです。子どもに本を読むというのはとてもいいことなのだから、言葉はどうだっていいじゃないと、簡単に考えて欲しくないのです。たくさんの子どもの前で、絵本を掲げて読むのも、なんとなく居心地の悪い思いがするのです。座って周りに子どもが集まって、小さい子は抱っこして、そういうふうに触れ合いながら、体温を感じながら本を読むのがいちばんいい形ではないかと思うのです。
声がとても近くに響き、まるで包んでくれるよう、     どくだみ
 子どもと一緒に読むのは、とても素敵なことです。     十薬