聰子の日記広場たより9号  通算四九四号   
二〇〇六年五月三十一日(水)旧暦皐月五日

 五月二十日(土)第三回モンゴル音楽団主催「草原の恋」の司会をしました。
 決まったのは五日前。三年前の第一回の時もそうでした。今回はリハーサルがあり、ジリムトさんとの掛け合い(漫才ではありません)で曲や出演者の紹介をすることになり、一安心でした。
 七時になっても出演者のひとりが来ていなくて急遽「スーホの白い馬」を陰マイクで読み始めたのは、わたしの独断です。全員揃い、朗読は途中で切って、幕が開きました。最初に「ようこそ春」を歌ったサランマンドホさんのサランは月、マンドホは、ジリムトさんの息子マンドッチくんの「昇」と同じですから、草原に月が昇る美しい景からの命名。福岡から六時半に着き、リハーサル無しでしたが、幻の楽器だったホビスを演奏しながらの歌も披露して、モンゴルの草原にみなを引き入れました。
 「ようこそ春」はモンゴルのコンクールで三位だったと言うつもりだったのに、先に名の意味を言ったらすっかり忘れ、ホビスの演奏の後付け加えたりと、慣れぬ司会は緊張でした。でも司会の位置に立つとスポットライトがあたり、客席は全く見えません。だからでしょうか、どきどきする余裕もなかったと、今になって思います。
 サランマンドホさん朱蘭(シュウラン)さん以外の四人の若い美しい舞姫歌姫とは初対面です。間違えないようにと必死でした。タイピン(平和)さんはジリムトさんの結婚式でその馬頭琴を聴きましたが、話すのは初めて。その彼がモンゴルで撮ったスライドを舞台に写すプロジェクターを借りる手配が出来たのは前日の夜八時。
 プロジェクターを探しているが心当たりがない、とブログに書いたら音楽関係の企画をしているピカラックのT瀬さん(戸畑高校後輩)の「メディア道場で借りられます」との書き込み、メディア道場なら「二月のともしび」上映会を開いたヒューマンメディアの専務理事O田さん(戸畑高校先輩)だしと連絡したら、幸運にもとんとんとんと
上手く行きました。
 本番当日、日記広場のあとNちゃんちのお父さんが車を出してくださってプロジェクターをムーブへ運びました。感謝。
 ムーブにもプロジェクターはあるのです。でも一分四百円。メディア劇場は二千円払って会員になると一日千円です。実は今年は戸畑高校七十年でその 記念紙「天籟」の編集委員会に連なり、委員長 がO田さんです。なるべくして連なったのだ、偶然ではなく必然だったと実感します。
 そして教え子のM浦くんの花束は、もう大感激でした。     
カット バジル