聰子の日記広場たより8号  通算四九三号 
  二〇〇六年五月二十四日(水) 旧暦卯月二十九日


高橋さんは優秀なカウンセラーです。
 でも、麻酔事故で全身不随になった二十歳の女性と接したとき「自由に動けるあなたに、突然動けなくなった私の気持ちが判るわけないでしょ」と言われ、どうしたら彼女に近づけるかと、三回はただ黙って側にいただけでした。そして四回目、とにかく笑顔で「心からあなたの友達になりたい」と無条件の愛を持ったのだそうです。そこから彼女は高橋さんを受入れはじめ、ついには、ひとり仲人で、彼女を車椅子の花嫁として送り出しました。
 カウンセラー短期養成プログラムに添ってお話しを聞き、参加者の自己紹介の最後は高橋さんでした。素敵な笑顔のまま話されるので、笑顔に包まれてふわーと聞いていたのですが、お話しが進むとそういうわけにはいきません。
 門司生まれで、博多に住んでいた五歳の時、大火事に遭い一家離散。預けられた直方の叔母さんから養女に出されました。養母は旧家の出でプライドが高く、世が世ならば炭坑夫の四男坊とは結婚なんてとんでもないのだけれど、戦後の男性不足で・・・・なかったものに対する執着の強い人だったのでしょう。養父はそれに絶えきれずアルコール依存症になり、その二人の険悪な状態をなんとかしようと幼い心を砕いた結果、失語症、自閉症になり入院。。
 すると病院に担任の先生とシスターとお坊さんが毎日きてくれて、その無条件の愛で回復したのです。そして高校の先生や友人のお母さんの力を借り、自己を確立するために上京します。
養父母を捨てなければ自分が潰れると思ったからでした。ところが三三歳の交通事故により植物状態でベッドに。
 目しか動かせなかった一ヶ月の間、人の心が手に取るように判ったのだそうです。それで回復後、哲学と心理学を学び、人も自分も幸福になる研究をされています。淡々とにこやかに話されますが、逆境でも人間として生きるのが、この世に生まれてきた使命なのだという強い人間性を感じ、涙が出ました。
 どういう環境であろうが、自分はこうやって生きている、多くの人の無条件の愛に包まれて生きてきた、だからどんな悩みの人にも笑顔 でこう言われます。
「過去に引きずられたら自分が駄目になりますよ。今あるもので自分がどう生きるかなのですよ」
 
カット直方の芍薬