平成十八年 聰子の日記広場たより1号
 
通算四八六号    二〇〇六年四月五日(水)旧暦弥生六日


 日記広場十二年目の春を迎えました。
 あと十四回書くと五〇〇号になります。それで戸畑生涯学習センターの市民ギャラリーを借りて『日記広場五〇〇回展』を開くことにしました。子ども達の日記の展示会は、二年目一〇〇回記念「いのうえギャラリー」を皮切りに、西日本福岡銀行のギャラリー、昔の公民館や、NHK北九州放送局ホール等でいたしました。二〇〇回は小倉北区黒原の「ガーデンサロンおの」で花に囲まれて子どもたちのベル演奏をしたのですが、それは一九九九年の母の日のことでした。 
 そして二〇〇〇年の七月三十一日から八月六日まで開いたのが、元そごうの十階にあった九電コミュニティプラザイリスでの『第四回子どもの日記展』でした。
 最終日には「小さな音楽会」を開き、内モンゴルの留学生だったジリムトさんの馬頭琴の演奏と金魚さんの踊りも楽しみました。馬頭琴をバックに『スーホの白い馬』を朗読したのも懐かしい思い出です。
 それから六年、展示会したいわねえと思いつつも、その準備などを考えるとしりごみしていたのですが、日記広場滞在最長記録(一九九九・三・八入会)の有紗ちゃんのお母さんの「展示会をしましょう」に励まされて決めました。
 日記広場の回数はすでに五百回を遙かに超えています。一昨年から週二回していますし、日記広場の日にしなかったことは、数えるくらいです。貧血で入院した日も、手伝いの諸藤さんや橋本さんがいらしたので出来たのです。
 元教え子の諸藤さんと、次男の幼児生活団の親仲間の橋本さんが会社の同僚だったという繋がりをはじめとして、日記広場の十一年間は、たくさんの繋がりの確認でした。現在六月一日発行戸畑高校同窓会紙『天籟』の編集に当たっているのですが、同窓会事務局の宮崎さんはジリムトさんの英語の先生の友人で、また段ボールコンポストを「だんぼっち」くんと名付けて広めていると知りました。
 去年リバーサイド、今年はパークサイドコンサートに取り組む谷口淑子さん(元日記広場専属ピアニスト!)を戸畑図書館伊藤館長は応援して
いるし・・・・それで共催モンゴル青空音楽団・ミュージック
グループ紫音としました。後援をどなたか自薦他薦よろしく!