平成十七年 聰子の日記広場たより22号
 通算四七七号  二〇〇五年十二月七日(水) 太陰暦霜月七日

 一八号で斎藤惇夫さんの話を書きました。惇夫さんは長らく福音館書店に
お勤めでした。その福音館書店の創業に参画し、現在相談役で、NPOブック
トーク理事長である松居直さんが、北九州市ブックトーク事業で講演なさると
いうので、一日に行ってきました。
 あれだけのいい本を出す福音館勤務ですから、お二人とも相当お忙しかっ
たはずですが、その合間にはお子さんを抱っこして本を読まれていたのだそ
うです。 李衣さんも、生後一ヶ月のご長男に絵本を見せて、実験されたと聞
きました。
 で、直さんのお話しは、一昨年の長崎の事件から始まりました。あのニュー
スを聞いたとき「この子は顔を見て話しかけられたことがあるのだろうか、抱
っこで絵本を読んだもらったことがあるのだろうか」と思われたそうです。成績
が良かった十二歳の少年の頭には知識の言葉は詰まっているけれど、心の
中の言葉は空っぽで、人と人との関係が作れずに自分の気持ちを人に伝える
ことが出来なかったのではないか。そして四歳の子の言葉も伝わらなかったから・・・・
 佐世保の事件もそうです。パソコンという機械語での会話があの事件の原因
です。人が相手を理解するのは、言葉だけではわずか一〇%の理解なのです。
表情が五五%、声の調子が三五%だそうです。対面することで言葉の向こうに
ある思いを受け取れることは皆さんご経験済みでしょう。
 テレビやパソコンやゲームなどのメディアが発する機械語では、子どもの心
は育ちません。赤ちゃん、いいえ胎内から母親の言葉に抱かれ包まれて育っ
たから、本が読めるようになるのですと、直さんは断言されました。
 始めに言葉ありきと聖書に記されているように、五感は言葉に繋がります。
子守歌を歌ってもらった赤ちゃん時代の記憶はなくても、身体に染みついて
いるのだそうです。歌手の湯川れい子さんが保育園で四百人の親に「子守歌
唄っている人?」ときいたところ、それは四百人の一パーセントに満たなかっ
たそうですが、まさか、テレビが子守歌代わりという恐ろしいことではないでしょうね。
 文字が読めても、誰かから読んでもらうのはとても気持の      めぞんさん贈
の良いものです。お互いに読みあったらもっと楽しくなる!     夢紫