平成十七年 聰子の日記広場たより18号
  通算四七三号  二〇〇五年十月二六日(水)太陰暦長月二四日

 北九州市の読書フォーラム(十三日)で手にしたプリントに心惹かれました。
B四用紙にびっしりと書かれた内容は、親に教師におとなにかなり手厳しい
ものでした。日付は二〇〇一年そして斎藤惇夫。北九州のどなたなのだろうと、
わたしはその名前が『冒険者たち ガンバと十五人の仲間』の作者と結びつか
なかったのです。それでHPの掲示板で「斎藤惇夫さんて誰ですか?」なんて
お馬鹿な質問をしました。すると福岡市の読書フォーラムで斎藤惇夫さんの
講演会が二十三日にありますよとの書き込みをふあふあさんから頂きました。
 絵本とおはなしと笛が大好きなふあふあさんは今年の一月末、妊娠二十七
週四日で体重一s未満の双子さんを産みました。なっちゃんは翌日天に召さ
れましたが、ほのちゃんとの日々の営みを「ほのほの日記」に、実は大変なん
だけれど幸せそうに書かれています。読むと初心の柔らかなものにふあーと包
まれます。そのふあふあさんの「真剣に子どもたちの将来を考えておられることが
びしびし伝わってきて、本当に刺激的でした」の言葉が背中を押しました。
 一時間半の予定は遙かにオーバーしましたが、どれもこれも聞き逃せない事柄
ばかりです。小学生時代に担任の原先生が、国語の時間は本を読んで下さった
そうです。ドリトル先生、宮沢賢治の童話全部というように、国語は本を読んで貰う
時間だったという羨ましい豊かさが、今の斎藤惇夫を作り出したのです。
「本を生涯の友とする子どもを育てるために あるいはー子どもの成長と物語ー」
という十章に行く前に「子どもとメディア」の話で時間がきてしまいました。それほど
深刻で、どうしても伝えずにはいられない内容だったのです。
 一九九八年国連の「子どもの権利委員会」は日本政府に、日本の子どもはメディア
に犯されていると勧告しました。政府はそれに対して何もしませんでした。行政に任せ
られないと、日本小児医会が二〇〇四年に親たちに助言しました。理想は三歳まで
テレビを、六歳までビデオを、小学卒業までゲームを、一八歳までメールをさせない。
視点が合わない、表情が乏しい、言葉が少ない、友達と関われない、そういう子ども
が増えているそうです。メディアは
「関係のない関係」しか作らないのですから、怖いのです。
                                      カット 石榴