平成十七年 聰子の日記広場たより17号
  通算四七二号  
  二〇〇五年十月十九日(水)太陰暦長月十七日

 沖縄の子守歌「童神」を今練習しています。
 元ネーネーズの古謝美佐子さんがお孫さんの誕生を控えた
一九九七年に作詞されました。それが二〇〇一年、朝の連続
持った我が子のことを思い、同時に、その主人公自身のことを
心配する周りの人々、というシーンで、この曲は琉球方言で
美佐子さんが歌い、聴いていると涙が出て「あの曲は?」と
評判になったそうです。我が家はテレビがないので知らな
かったのですが、「みんなの歌」でも流れたそうです。
これは標準語に直されて歌われました。
 九月十九日、ケイトミュージックでの「ウパシクマ秋の渾沌
ツアー二〇〇五」広島の冴えキングさんが歌われたのを初め
て聴きました。冴えキングさんはアジアン・エスニック・ポップ・
バンド「クールランニングス&ウパシクマ」の主宰者で世界の
楽器を駆使しての演奏やおしゃべりがとても楽しいのです。
この日は等々力雅彦さんのモンゴルの近くのトゥバ共和国
の喉歌(フーメイ)や、RYOSAIさんの尺八も加わって、混沌さ
に酔っていたのですが、その最後に近い時です。
 海外コンサートも幾多で、音楽には百戦錬磨の冴えキングさん
が真面目に「今から初めてのことをします。ピアノを伴奏に歌います」
と仰って、一瞬笑ってしまったのですが、楽器を弾きながら歌うのは
あっても、ただ歌うのは初めてだったのです。琉球語で歌われるその
歌はケイトさんのピアノに乗って、私の胸を直撃しました。
二〇歳の女性が、ゆんたすプチコンサートで歌われた「満月の夕べ」
を聴いたときと同じ感情です。この時も冴えキングさんの演奏でした。
 実はケイトミュージックでの毎年の発表会(一昨年参加、去年は×)
が十二月三日(土)に開かれます。どうぞと勧められていたのですが
歌いたい歌がなくて、迷っていたときでした。冴えキングさんは
「満月の夕べ」の経緯をご存じですから「童神」を歌いながら
〈この歌をうたわせたいなあ〉と思われていたそうです。
 生まれたばかりや何ヶ月かの赤ちゃんを抱っこするのがこの頃
多いので、そう仕組まれていたのでしょう。有り難いことです。
                 カット 能美農園の小茄子