平成十七年 聰子の日記広場たより15号
  通算四七〇号  二〇〇五年九月二十一日(水)太陰暦葉月十八日

 十八日、仲秋の名月は各地で見られたようですね。
 牧山小の図書室支援に行き始めてもうすぐ二年です。そのあいだずっと
続けていたのは、図書室の黒板に月齢とその絵を描いておくことでした。
時にはコメント、三日月だったら夕方西の空を見てくださいと、書き添えます。
 月齢十日だった日に、牧山小の図書委員にクイズを出しました。
「今日のお月様は十日のお月様ですが、今から痩せるのでしょうか、
太るのでしょうか?」これは細い月を何日か前に見た子がいて正解が
出ました。次は
「ではあと何日したら満月になるでしょう?」
 これがすぐに答えられませんでした。♪十五やお月さまひとりぼち♪と
「花かげ」のメロディーをヒントのつもりで口ずさみましたが、知る訳ありませんし、
満月=十五夜だから、あと五日で満月になるとは答えられませんでした。
「あまり月なんか見ないから」と残念がっていた女の子が、このことがきっかけで
空を眺め月を意識することでしょう。
 DV朗読劇の発案者岡本エミ子さんは「言葉を手渡す」ことを保育園で幼児や
保護者や職員と接するときに心がけていると聞きました。その実践例として
保育士さんを「先生」と呼ばないことにしたそうです。お互いを先生と呼び合えば、
楽です。でも、子どもも保育士を十把一絡げで先生と呼べば、個々への意識が
薄らぎます。子ども一人一人を名前で呼ぶことが、教育の原点です。保育士も
園長も一人の人間としてそこにいることを子どもも確認し合うことで、いわゆる
「人格の尊重」が知らず知らずに身に付きます。「先生」と敬称を付けなくても、
先に生まれた人間として輝いて生きているならば、尊敬の念は自然に生まれます。
 これは朗読劇打ち上げ時「今までは朗読指導の立場から先生と呼んでくださった
でしょうが、終ったのでさとこさんと呼んで下さい」とお願いしたことから、エミ子さんが
話されたのです。ここに同志がいる!とても嬉しく思いました。
 人格から人格へと言葉が手渡されると、心がおのずと
通じていくでしょう。言葉は心です。心は言葉です。 カット くす九重の梨

花かげ 作詞:大村主計作曲:豊田義一
1 十五夜お月さま ひとりぼち
  桜吹雪の 花かげに
  花嫁すがたの おねえさま
  俥にゆられて ゆきました

2 十五夜お月さま 見てたでしょう
  桜吹雪の 花かげに
  花嫁すがたの ねえさまと
  お別れおしんで 泣きました

3 十五夜お月さま ひとりぼち
  桜吹雪の 花かげに
  遠いお里の おねえさま
  わたしはひとりに なりました
大村主計(かずえ)は山梨県東山梨郡牧丘町の出身。同地の向嶽寺境内と牧丘町文化ホール前庭には、『花かげ』の歌碑が建っています。豊田義一とのコンビで作った童謡としては、ほかに『絵日傘』があります。