平成十七年 聰子の日記広場たより12号
通算四六七号    
     二〇〇五年八月二四日(水)太陰暦文月二〇日

 訂正です。「力は出るもの出せるもの」でした。
 さて、朗読劇のまた続きです。会場はムーブホールいっぱいのお客様でしたが、
開幕のブザーが鳴り、挨拶が始まってもざわざわという私語がやみません。若い
方が多いので、練習四回の朗読劇をちゃんと聞いてくれるだろうかと心配でした。
 でも、いざ朗読が始まるとしーんとしました。一部二部とも出演者十人です。
ピアノを左後ろに配して、椅子を十脚緩やかな扇型に並べました。
マイクも十本です。
 わたしは第二部に出ましたが、今朗読するしている人をちゃんと見てくれている
のが判りました。声だけを聞かず、その姿も見てくださっていることに、感激しました。
出演者もそれを感じ、それがプレッシャーではなく「聴いてくれているから大きな声を
しっかり出そう」という思いが高まったので、十二分の力が出たのだと判りました。
 最後のひまわりの詩(DVの手記を書かれた方の作)を藹子さんが読まれ、最後の
一節を全員が客席を見ながら唱和しましたが、そのとき身内に震えが走りました。
ああ、身体が感動している!と新鮮な愕きでした。結果はどうであれ、全力を出し
たという幸福感です。
 一人一人が「読む」力を出し、それに大勢の人が「聞く」力を出し、大きなうねりが
生まれたのです。バタフライ効果(四四四号)かもしれません。
 昭和五八年設立の教育研究団体である麻生台学校教育研究所が、小四と中二の
約千人に実施した「今子どもたちの心の中では」という心の意識調査結果を産経新聞
で見ました。中学生は五割が「自分が好きではない」と答え、小中合わせて七割が
「疲れる」のだそうです。さらにその七割は「自分はいつかキレるかもしれない」と感じ
ているのです。児童生徒による殺傷事件が相次いでいます。「自分が嫌い」だったら、
他の人を思いやる心は育たないでしょう。誰かの役に立って嬉しい、こういうことが
出来て嬉しいという自己肯定があれば「命の大切さ」や「心の教育」を殊更しなくて
もいいのです。羽仁もと子さんは「心の畑を耕す」と言われました。親や先生では
耕せません。子どもが自分の力 で耕すのです。この朗読劇を通じて、少し自分の
心を耕せたなあと感じました。さあ、何の種を蒔きましょう。楽しみです。   
                                      カット もぎたてのトマト