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平成十七年 聰子の日記広場たより29号
  通算四五四号     二〇〇五年三月九日(水)太陰暦睦月二九日

 連翹が咲き始め、チューリップがぐんぐん芽を出しています。春です。
 前号の続きです。子どもは七歳までは善を求め、次の七年は美を求め、最後の七年は真を求めます。つまり真善美です。プラトンも述べています。人間の本質なのです。だから聖職者の次は芸術家であれとマイルズさんは言います。
 七歳は歯が抜ける時期です。それまでの子どもは自分の魂の中を他の人が解らないとは全く理解できません。ところが歯が抜けはじめ、大人の歯が生える頃になると、他を意識し始めます。今までたったひとつだった世界が、そうではなくてばらばらであり、今までの世界から切り離されるというショックを味あいます。だから権威が必要なのです。美には権威があります。心を動かす強さがあります。芸術家というと難しいのですが、要するに美しいものに感じる心を持てばそれで芸術家と言えるでしょう。作品を作り出さなくてもいいのです。
 しかし聖職者でずーっと悩んでいます。この講義を受けてから日記広場を四回しましたが、例えば小学生が箪笥の上に登る音が気になったり(蝶番が緩んでがたがたしだしたので、箪笥に登るのを一回に制限したのですが)・・・何度目かの体験入会?の子の声が大きいのが嫌だと思ったり・・・・Nちゃんが台所のテーブルの下に隠れているのに気づかなかったり・・・・・・・とても聖職者のようになど出来ません。
 しかし聖職者とは一体何なのでしょう。日本人に馴染みのない言葉です。辞書では「神聖な職業に携わる人。宣教師や牧師など」とあります。宗教者?
 何度もノートを読み返しました。キーワードは「善」です。マイルズさんいわく
「口では良いことを言い微笑んでいるが、心の中で悪い感情を持っているとすると、子どもはその偽りの姿を全て模倣する。だからおとなは模倣されても大丈夫な善い行動・感情・思考を持て」 でも人間は完璧ではないとも付け加えられました。
子どもの前だけなく、どんな時でも自分に正直であるように努力する、
これが「善」に近づく方法だと思うと、少し気持ちが楽になりました。その
積み重ねがいい方向になり人間的に成長し大きな強い愛が与えられれば
小さな事は気にならない。大事なことは見落とさない。きっとそうなる!

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