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平成十七年 聰子の日記広場たより26号
  
通算四五一号     二〇〇五年二月二日(水)太陰暦師走二十四日

 一月二五日朝刊にこういう記事がありました。
子供たち 希薄な「死のイメージ」 「死者は生き返る」15%
 長崎県教委小中学生意識調査の結果です。小四・六と中二の約三六〇〇人への「生と死」に対する意識調査の結果です。シュタイナーが教えるところの、肉体は滅んでも霊は生き続けると言う意味ではなく、「テレビや映画で生き返るのを見たことがある」「生き返る話を聞いたことがある」「ゲームでリセットできる」という回答が一五%なのです。
 どのような問い方だったのかまでは詳しく判りませんから、一概に言えませんが、少なくとも二六〇人の小中学生は「ゲームでリセットできる」と答えているのです。お葬式に子どもを連れていかない家庭が増えていると、もう随分前から耳にします。参列者の迷惑になるからという理由ではなく、子どもにお葬式という悲しい場面に触れさせたくないからと聞いたことがあります。全く知らない人ならともかく、何らかのご縁の方のご葬儀は、たとえ乳児でも参列すべきです。今何が起こっているのか判らなくても、何かを皮膚で感じる筈です。
 『沈黙の春』で有名なレイチェル・カーソンさんの、写真が心に沁みる『センスオブワンダー』にも、知識よりも数倍大事なのは感じることだとあります。
 牧山小の「いのちを考える集い」があった日に、この記事があったことは偶然ではなく、亡き大村先生の「命を大切に」という思いが強く働いたからだと感じます。
 小倉南区守恒モノレール駅近くでオフィストラークルを開いている三浦美弥子さんから子どもの意思の力を健やかに育てるオイリュトミーワークショップのお知らせが届きました。二人の幼児の母親である美弥子さんの言葉は穏やかで、肉声を感じるのですが、その中の八木重吉さんの詩の一節に強く惹かれました。
   美しいものに驚くこと
   本当のものをまもること
   気高いものを敬うこと
   善いことを決意すること


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