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平成十七年 聰子の日記広場たより25号
通算四五0号 二〇〇五年一月二十六日(水)太陰暦師走十七日

 牧山小学校「いのち」を考える集いがありました。
昨年六月急逝された大村先生の、いわば追悼会です。教務主任という職務柄、全校生徒に慕われていました。校内を小走りに廻られ、きびきびとけれどにこやかな笑顔で子どもたちと話されていました。牧山小学校の図書室支援の紹介ビデオを撮ってくださいました。それから「学校図書館の充実を目指して」というレポートを書いて賞を得られても、みんなのお陰ですと謙遜されていたお姿や、水俣の甘夏を差し上げたら日曜出勤された時、マーマレードを作られていたことなど思い出されます。何をお願いしても、困った顔はなさらずに、何とかしてくださる、そんな印象でした。今から思えば、皆から慕われるお人柄の良さが、病気を忍び込ませていたのかもしれません。
 集いで『わすれられないおくりもの』を読んで下さいと依頼があり、十一月に五年生の道徳の研究授業で読んだし気軽に引き受けたのですが、ウエル戸畑大ホールとのことで、驚いてしまいました。それでケイトミュージックでの秋元多恵子さんとの「馬頭琴とピアノと歌の一夜」で『スーホの白い馬』を読ませてくださいと厚かましくもお願いしました。場慣れしておかなくてはと考えたからです。
 リハーサルは上手くいったのですが、本番はライトが思いがけず強く、文字が読みにくく冷や汗でした。『スーホの白い馬』が教科書に載っている小学二年生の健吾くんがお父さんと来て一番前にいるではありませんか。間違ったらいけないと、今までで一番緊張しました。
 それで集いではあまり上がらずに読めました。それは前日届いた訃報のせいでもあるのです。三十八年前の教え子の早すぎる死ですが、彼は一昨年メールで小説を送ってくれました。『目覚めの儀式』と『サーフボート』の二編で、彼の優しさが溢れていて、なんと素敵な贈り物なのでしょう。彼への鎮魂も含めて読みました。
 第二部の本田路津子(るつこ)さんのコンサートでは♪千の風になって♪に涙が流れましたが、はじめは悲しみの涙で、それから悲しみを洗い流す涙になったことは、不思議な体験でした。守られているのです。


ルツ記は旧約聖書におさめられたモアブ人ルツの物語。
本田路津子さんの名はそこから。



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