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平成十六年 聰子の日記広場たより16号
  通算四四十一号    二〇〇四年十月十六日(土)太陰暦長月三日

 九月二十八日は仲秋の名月でしたが、九州は颱風のため雨模様でした。でもちらとわたしは見ました。その日はアコーデオンのいわつなおこさんのソロライブが引野のアンディでありました。誕生日だからと、聴きに行きました。平日なのでお客さんが少なく、なおこさんの素敵な演奏には勿体ないけれど、わたしには最高の演奏でした。おまけに珈琲豆を煎るのが趣味の彼女からマンデリンとキリマンジャロの薫り高い豆を誕生祝いに頂きました。演奏が終って外へ出ると、一瞬満月が見えました。あとは雨。
 帰宅してHPを開くと、晴天だった東京のミケ子さんからおめでとうと満月の写真が届いていました。六十歳の誕生日が満月ではつきすぎだから見えないくらいが丁度良いのだと言い聞かせていたのですが、やっぱり満月を見たら嬉しい。
 レディスもじの愛・I書き方倶楽部の皆さんから還暦祝の宴を設けて頂き、花束まで頂いたのは嬉しいけれど照れくさいのは、まだ六十歳に抵抗があるのでしょうね。
 自彊術を三月から始めました。自彊術は一九一六年中井房五郎氏創案だそうです。三一動はすべて自分で全身を調整する目的を持ち、その効果はいっしょに始めたKさんから「膝が良いみたいね」と言われたほど速効があります。そういう健康作りのためだけでなく、文化として自彊術を後世に伝えようとした近藤芳郎という医者がいます。その娘さんである久保穎子さんの講演録「麗しき自彊術」とい小冊子が還暦記念として、自彊術全会員に配られました。六日のことです。
 それを読んで刺激を受けました。それで毎朝一五分実行して三日坊主になるかな危ぶみましたが、一週間続きました。と書いたのですがもっと他の理由がありました。実は六日の帰途、バスを追いかけて走って転んだのがショックだったのです。気持ちは若くても、あるいは六〇歳には見えないと言われても、身体は正直です。これからの毎日を心楽しく暮らすためにも、自彊術を続けます。イチ、ニ、サンとかけ声かけてするのもとてもいいことです。声を出すことは心を出すことだからでしょう。

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