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平成十六年 聰子の日記広場たより11号
  通算四三十六号    
二〇〇四年八月十二日(木)
太陰暦水無月二十七日

 八月五日の日記広場は関西弁の「じごくのそうべえ」と「いろいろたまご」を楽しみました。
高槻のメル友紗南さん一家が帰省の半日を割いて、立ち寄られたので、
これ幸いと、おにぎり用の御飯が冷める間を利用して、読んで頂きました。
マルコメくんネギ坊主くん二人の息子さんの合いの手もぴったり。
ほんまの関西弁はいいなあ。次は冬休みかな。
「ぼちぼちいこか」をリクエストします。 

 九日、稲の花が咲きました。
 ゆんたす珈琲店から分けて頂いた苗を、二つのバケツ田に子どもと植えたのですが、だんだん枯れてきます。
しかも藻が出来ました。
水はけが悪いからだと気付いて、溢れるように水やりして藻を取り除いたのですが時遅く、
元気なのは三本になってしまいました。
お店の前の稲は青々としています。
少し分けてと無理なお願いをしたのですが、翌日、プランターごとの稲が
「元気に育ててください」のメッセージと共に置いてありました。
その稲です。
 
九日は小学校の出校日です。
 来年ひょっとしたら図書ボランティアが、戦争絵本を読むかもしれないので、
今年の様子を見学に行きました。
講師の大木先生がご自身の戦争体験を放送室でなさいました。
各クラスとても静かに聞いています。
中学では何度もしたけれど、小学一年から六年までを相手に話すのは、
とても難しいですと言われました。
戦争の話はどのように易しく話しても難しいものです。
でも、実体験をされた方の言葉は、言葉の意味はわからなくても、どこか心に響いてくるものです。
低学年の子も、ある時、何かの拍子に「あれはこういう事だったんだな」と解る時が来るでしょう。
言葉は、そういう深い豊かな力を持っています。
だから、おとなは子どもに言葉を浴びせかけるのではなく、少しの言葉で伝わるようにと、
心を子供に向けて話すようにしたいものです。
 小学校の時「いつもにこにこしているね」
教頭先生が言われた言葉の温もりを覚えています。
転校生に心をかけて下さったのでしょうが、私の笑顔の原点です。 

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