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聰子の日記の広場たより29号         猫柳

通算四二十三号 二〇〇四年二月七日(土)太陰暦睦月十七日         

 先週の日記広場では風船唐綿の綿毛を飛ばしました。ふわふわとベランダから優雅に飛んでいきました。人間の簡便さのために全面舗装されてはいてもまだ土はあるでしょう。どこかで芽を出すだろうと信じます。
 虐待されても逃げなかった少年の心理がずっと心に引っかかっていました。そんな時『"It”と呼ばれた子』を本屋で見ました。手にとって開くと、母親が彼をナイフで刺す場面でした。元看護士だったらしい母親は手当をしましたが、そのあとの言葉は「あと三十分で皿洗いを終わらせなさい」死にかけた犬のような息をして痛みをこらえて皿を洗う。彼にとってスーパーマンであるはずの父親は新聞に顔を隠したまま。たまらなくて本を閉じました。 
 それは金曜日のこと。でも土曜日、日記広場で去年収穫した稲をすり鉢で脱穀したりシャボン玉を吹いたりしても気になります。一日(日)はスズキコージさんの話と切り絵を楽しみ、一時忘れましたが、二日(月)に黒崎で買いました。続編の「少年期ロストボーイ」と完結編「さよなら”It”」は水曜日に小倉で。
 虐待され"It”それとしか呼ばれなかったデイビットが寒い地下で毛布もなく手をお尻の下にして寝ていたこと、食べ物を与えられず、あまりの空腹に学校で盗み食いをしたことがばれアンモニアを飲まされたこと、彼が救出されたのはアンモニアと漂白剤のバケツに突っ込まされた両手を見た担任や保健の先生が警察を呼んだからであること、これはほんの一部でしかないのですが、幼年期を読み終えると鉛を飲んだようでした。母親から離れられてもナイフを振りかざした母親の姿に怯えます。虐待は身体と心を、むしろ心をぼろぼろにするのです。
 誰をも信じられず自分をも許さなかったデイブ・ペルザーさんは、長い時間をかけて全てを許していきます。彼を愛する女性とも巡り会いました。何よりも息子を愛しているデイブさんの姿に、安堵しましたが、何故母親は彼を憎んだのでしょう。出来事には必ず原因があります。ましてやデイブさんの記憶のはじめの母親は優しく明るく美しかったのです。ほんの数行ですが、母親に虐待されたと彼女自身が話す場面がありました。
 これを追究しないと解決にはなりません。

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