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聰子の日記の広場たより 28号         挿絵 風船唐綿   
聰子の日記の広場たより 28号    
 通算四二十二号 二〇〇四年一月三十一日(土)太陰暦睦月十日         

 二六日は皿倉山の雪も消え、寒さが緩んだかなとのんびりした気分で新聞を見て凍りつきました。言葉になりません。「中三虐待餓死寸前」
 実父と継母の逮捕で記事になりましたが、十一月に救助された少年は、体重は二十四`、低血糖症や脳萎縮で今も昏睡状態とか。同様に虐待されていた弟が実母の元へ逃げ、実母も逃げておいでと言ったのに「どうせ連れ戻される」と拒否したという記事を翌日のPC上で見て、考えました。
 それまでは、離婚して親権がなくても、それこそ拉致してでも息子を奪い返さなかったのかと、母親を非難しました。あるいは弟が逃げればきっと母親が助けに来てくれると待っていたのだとも思いました。が、あまりの虐待に彼の心理は正常ではなかったのでしょう。だからこそおとなの助けが必要だったのです。
 虐待かもと家庭訪問したけれど、継母から激しく抗議された学校は児童相談所に連絡、しかし児童相談所も継母の否定を真に受けて放置したそうです。学校も児童相談所も近所の人も、おかしいと感じてもそれ以上踏み込まないあるいは踏み込めないのは、現代の人情の希薄さを物語ります。でも、仮にわたしが近所に住んで、怒鳴り声や哀願の声を耳にし、一体どうなってるんだろうと不安を感じ、実際それが不快で引っ越した人がいるそうです、ではどうしたでしょうか。
 目の前の事実でしか判断できない人間になりたくありません。少年の姿を目にすれば誰だって「虐待」に気が付くでしょう。でも、見えない部分を見、ではどうするのが一番いいかを考えられる人間でありたいと思います。。
 物質文明の現代、有り余る故にものが粗末にされ、同様に人間の命も軽くなっているのは哀しいことです。生活に手一杯で余裕がないゆえの無責任が実母にも周りにもあったでしょう。だからそれを政治の責任に転嫁するのはあまりにも短絡です。今生きている我々の責任です。
 ひとりひとりが今生きている事への感謝の心、貧富とかの形ではなく、を持つことが一番大事でしょう。そのために「いただきます」「ごちそうさま」と食前食後の祈りの言葉を声に出すことを広めたいと考えました。                               

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