一覧表へ戻る

聰子の日記の広場たより 25号     
 通算四一九号 二〇〇三年十二月十三日(土)太陰暦霜月二十日

 ウエル戸畑での読書シンポジュームの案内を牧山小学校の下迫教頭から渡され驚きました。二十二号の佐藤悦子さん、二十一号の仲紀子さんのお二人が、ブッフの会、北九州読書交流会センターの代表として出られるのでした。その日は日記の広場のある十一月十五日土曜日で、同じ時間帯です。
 日記の広場の時間をずらしてとも考えましたが、六時からはケイトミュージックの発表会というライブがあり、わたしもレッスンの成果?を発表する日なのです。楽器が扱えないから寂しくて、声なら大丈夫かなと発表会があるとはつゆ知らず、ヴォーカルレッスンを受けたのでした。それに申し込み制で、どうしようかなと考えている内に日が過ぎて、間に合いませんでした。
 歌は「満月のゆうべ」。四月のゆんたすプチコンサート(ジャンベと世界の楽器)で二十歳のN美さんが唄ったのがずっとずっと心に残っていました。そしてケイトミュージックの五周年記念ライブで「ヴォーカルの生徒です」と藤田くんのパンで有名な藤田さんが唄ったことから、わたしも習えば「満月のゆうべ」が唄えるかなと思い立ったのでした。広島のOTIS の佐伯さん(世界の楽器が自由自在のミュージシャン)に歌詞を教わり、二種類の「満月のゆうべ」の入ったCDを借りて、八月から十一月まで一回三十分のレッスンを計六回、ケイトさんの親切な、上等な指導を受けました。
 腹式呼吸の仕方、重心のかけ方など、教わることはとても楽しい経験でした。途中で発表会なんてとてもダメ!と感じたのですが、ケイトさんの励ましで少しずつ声が出るようになったのです。
「満月のゆうべ」は反戦歌です。まだパスポートが必要だった沖縄に第一回北九州青年の船で行き、ひめゆりの塔の前で涙したこと。十三年前の万座毛の海の悲しく青かったこと。そして今、アフガニスタン、イラクの戦火。戦争放棄を憲法で約束しているのに、戦争をしているアメリカの援助をしている日本の政府を黙って眺めているだけでは危ないのです。正義の戦争など認められません。日本の、世界の平和を強く願って歌いました。


一覧表へ戻る