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聰子の日記の広場たより 17号
通算四一一号 二〇〇三年九月七日(日)陰暦葉月十一日

 八月二十六日の日記の広場は、二胡を聴きました。
 前日の月曜日のことです。十月一日付で琉球大学就職の広島の長男から、身分証明書を区役所で取ってきてと頼まれました。九月五日までなので余裕がありますが、どうもこの頃まだ時間があるからと油断して失敗寸前が多いので、早めにと考えました。それで帰省中の次男に頼みましたが、いや区役所の向こうのゆんたす珈琲店に、十月十九日(十五号で五日と書きましたが十九日決定です)の小粒さんの落語と沖縄音楽の第五回プチコンサートの開く時間を一時からに変更すること(実は同日の五時半からわたしの大好きなトリオ・ロス・フアンダンゴスの下関公演があるのです。しかもケンジ&リリアナが踊るのです。しかも、下関酒蔵の「空」であるのです)を頼みたいし ・・で、区役所へ行く途中、噴水のある三角公園で二胡を弾いているご婦人を見かけたのです。邪魔しないようにと離れて聴いていましたが、いい音色だなあと、少しずつ、少しずつ近寄って、そしてとうとう話しかけたのです。
 鹿児島から息子さんの転居の手伝いに来られ、近所に迷惑のかからないようにと、自動車の騒音のある公園で練習されていた「二胡を楽しむ会」の田口淳子さんでした。三十二歳の息子さんに今まで何にもしてやれなかったから、やっと尋ねて来られるようになってと話される淳子さんに、わたしも三十歳の息子の所に行ったのは沖縄の時も広島の時も一回きりだったので近しく感じました。そして明日の日記の広場で子どもたちに二胡を聴かせてくださいと、お願いしたのです。 
 お母さんのケアハウスの入所が決まったから鹿児島に今日帰りますと、二胡と荷物を抱えて淳子さんは早めに来られました。
 調律の音が響き、玄関で子どもたちは「なんだろう」と耳を傾けます。
 二十六日に変更して良かった!
 急いで帰らなければいけないのに、行きずりのわたしとの約束を守ってくださった淳子さんに、また会えることを祈ってお別れしました。
 そのあと子どもたちはお手紙を書きました。
 二胡に「雲や空や風」を感じたのは橋本はるかちゃん。 
 三十一日の淑子さんのティエラも素敵でした。
 輪がまた広がります。



一ヶ月で熟すからいちじゅく→いちじく           
シュメール王朝(紀元前三千年)時代からある。
日本へは寛永年間(1624〜1644)にポルトガルから伝来





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