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聰子の日記の広場たより 16号
通算四一〇号 二〇〇三年八月二六日(火)陰暦文月二九日

 日記の広場は土曜日ですが、今回は二十三日の土曜日に山椒家小粒さの
さんさん広場寄席(小倉北区リバーウォーク四階朝日新聞さんさん広場)があるし、美希ちゃんの高見小学校が校舎の改築にかかり、最後の運動場でのデイキャンプもあり、みんなの都合のいい火曜日に変えました。
 江戸初期安楽庵策伝が大名に滑稽談を語ったのが始めで、落語というのは明治二十年頃から使われたと大辞林にありました。大阪では軽口咄、江戸では落とし咄と言われていたので落語となったのでしょうね。
 それよりもっと古い日本の芸能「箏」についても大辞林からちょっと。「箏」は中国から七世紀に伝来した弦楽器です。そのあと奈良時代に琴柱のない七弦の「琴」がやはり中国から伝わりました。それで区別するために「そうのこと(箏)」「きんのこと(琴)」「びわのこと(琵琶)」と呼び分けていたそうです。ところが「きんのこと」は平安時代には衰微し十三弦の箏が残り、代表的に「こと」と呼ばれ「琴」字が混用されました。
 ですから、十七日にゆんたす珈琲店で演奏してくださった雅会の中村雅楽千寿さん(裏面新聞記事の三弦=三味線の方)も「箏」を使われます。当用漢字で「こと」は「琴」しか出ません。 西日本新聞の山上記者にも「箏」を使ってくださいとお願いしたのですが、新聞では難しいようです。
 箏と尺八と古典を楽しむ会は二十五名定員を五名さまお断りして三十二名の盛況でした。竹間会の簡恵美先生に源氏物語の冒頭「桐壺」のお手本を書いて戴き、「夕顔」まで書いてとお願いするほど厚かましくないので、それは自分で書き、夾纈染の表紙をつけて読みました。
 尺八が流れ、いずれのおほんときにか と読み出そうとしたら、持つ手が震えているではありませんか。尺八の中島江風さんは足は震えていないのできっと冷房の風で紙が揺れているのだろうと・・・・有り難い誤解でした。
 ゆんたすマスターの姉さん鵜飼雅是瞳さんがいらっしゃったから実現できた企画でした。 ピアニストの淑子さんは源氏物語の解説文朗読を素敵にされたし、「音色が体に染みこむような」という感想も貰いました。
 また客の一人、絵本の読み語りブッフの会の佐藤さんに誘われ、徳力「茶房青花」での高橋さやか先生の読み語りの会に参加したのも好機好縁?                  
                                           

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