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   聰子の日記の広場たより 13号

通算四〇七号 二〇〇三年七月十二日(土)陰暦水無月十三日

 今年は山桃がたくさん実を付けました。去年の十倍くらい。
 日記の広場が終わって、お迎えを待っていた健吾くんと、雨に濡れながら二十粒くらい拾ったのが最初の収穫。梅漬けをした十八日のことです。
 翌週の二十五日はベランダのバケツ田の稲がどれだけ伸びたかを観察した後、籠を手に山桃摘み?です。ずいぶん古い(三十年以上?)木で、子どもが簡単に手の届く枝はありません。もちろん傘で枝を引っかけて揺すって、山桃の実を落とします。おとながそうしていると、はじめは下に落ちた実を拾っていた子どもたちは、木に登りはじめました。まず三年生の美希ちゃん。背のびして飛び上がり一番低い丈夫な枝を掴みます。次に足をその枝にからみつけます。そうしたら、もう登れました。二年生の有紗ちゃんも真似をして登りました。一年生の健吾くんも、何度か失敗しながらも成功しました。三人の誇らしげな顔は、こちらまで嬉しくなる笑顔でした。
 三人は手の届く枝の実をちぎり、待ち受けるおとなに投げます。手の届くのが無くなると、太い枝を選び、体重をかけて、手や足を使って揺すりはじめました。山桃が、ぽと、ぽと、ぽと、落ちます。土の上に落ちると無傷ですが砂まみれです。コンクリ舗装の道の上だと潰れます。話は逸れますが、どうしてこう地面を舗装してしまうのでしょう。土の上を歩かない生活は、体に悪い影響を与えないのでしょうか。
 話を木登りに戻します。木登りを美希ちゃんがしたのは理由があります。その日、四階まで上がる前に絵理ちゃんや見学の三歳の男の子たちと山桃を拾っていました。でも、きれいなのがありません。すると通りがかった男の子がするすると木に登って、たくさん実を採ってくれました。かっこいい!とおとなも子どもも思ったそうです。小柄だけれどラグビーをしている中学一年生なので、木登りの姿に美しさを感じたのではないでしょうか。
 木登り出来た子どもの笑顔は素敵でした。その木登りのきっかけとなった中学一年生。幼児を裸にし投げ捨てた長崎の中学一年生。わずか十二年の生活に何があったのでしょう。何が足りなかったのでしょう。日常生活の中で、命はどれだけ重たいものかをおとなが子どもにきちんと伝えているでしょうか。知識ではなく、体験の積み重ねが大事です。


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