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 聰子の日記の広場たより 10号
 通算四〇四号 二〇〇三年六月一八日(水)陰暦皐月一九日



 九号は間違いだらけでした。
 まず陰暦がずれていました。四日の夕方の月は五日月です。それから黄色い花は美容柳ではなく、正しくは錦糸梅です。どちらもオトギリソウ科ですが、写真で見た美容柳とサティ前の植え込みの花が蘂(しべ)の付き方がそっくりだったので思いこんでしまいました。
葉を確認しなかったのが間違いの元。どちらももう少しの注意で防げたはず。がっくりしています。
 それに、毎週続けていたおたよりが先週十一日の分は書けませんでした。書くことは沢山ありました。裏に新聞の切り抜き(おしらせにも)を載せましたが、ヂリムトさんと李佳芳さんとの結婚披露宴に、日記の広場の子ども三人と親二人計六人が参加しました。総勢百三十一人の祝宴です。
 モンゴルの民族衣装のお色直しに目を奪われ、モンゴルの友人たちの力強い歌や踊り、馬頭琴に心奪われ、最後のヂリムトさんの感涙の挨拶にじーんとしたこと、見送る二人にシャボン玉をとばして祝福したこと。どれももっと詳しくお伝えしたいことばかりです。
 このシャボン玉にしても、アメリカ在のお嬢さんからと賛助会員第一号のT先生から戴いたものですが、無害も嬉しいし、なによりいつまでもふあふあと浮いているところが楽しくて仕方がないのです。
 ですから、ピアノの淑子さんが小さな演奏会をパリ音楽院に合格したサックスの白井さん(日記の広場でも演奏)と一緒にパリで開くための渡仏に「行ってらっしゃい会」をしたときも、シャボン玉で送り出しました。もちろんその前はびっくり卵で「元気でねー」と紙吹雪の激励です。それは六月四日のことです。当日演奏依頼があって来られないという淑子さんに三十分でいいからと無理を言いました。
 渡仏の話は急なことでしたからびっくり卵はわたしが事前に作りました。子どもたちは淑子さんがフランスへのおみやげに持っていけるように、金ぴかの五円玉一個を付けて木のビーズでブレスレットを作りました。みんな集中して作ります。
 階段を駆け上がってきた淑子さんにみな誇らしげにブレスレットを渡します。受け取る淑子さんの笑顔!パリではナポレオンの別荘だったところで小さな演奏会を開くのだそうです。わたしがいくら淑子ファンでも、パリまでは行けません。せめて、シャボン玉のエールを飛ばしたのでした。

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