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聰子の日記の広場たより 4号
通算三九八号 二〇〇三年四月三〇日陰暦弥生二九日

 朗報です。
 岡垣の町会議員に立候補した西田陽子さんが当選しました。
 六五〇票あれば大丈夫という読みで、七〇七票。十八人中十三位でした。
 おたよりの47・48号で立候補のいきさつは書きました。
 正しいと思っても実行することはなかなか出来ません。
 今から八三年前、羽仁もと子さんが、お嬢さんの恵子さんの女学校への選別が厳しくて困った担任が「あなたのお母さんが学校を作られるでしょう」の言葉がきっかけで全財産をなげうって自由学園を創られたことを想います。
 シュタイナーの点数を付けない学校と同じ思想です。
 小数点はただこうつけると教えるのではなく、数の概念をしっかり教え納得の教育を目指すのが自由学園です。
 西田陽子さんは、学校給食から端を発し、岡垣の町政を住民本位に戻したいと立ち上がりました。
 反対しないが賛成もしない、と言っていた夫君は、反対どころか、告示の二十二日までに選挙カーにつける看板を二晩徹夜で描きました。
 岡垣の美しい海、そこに産卵する亀、女性の力を暗示するハイビスカス、日本画家の祖父を持つ俊幸さんの絵は素人とはいえ、選挙カーの上の看板として目を引きます。それにその選挙カーを連日運転したのは彼なのです。
 学生時代に新聞配達していたから、岡垣のどんな小さな道にも精通しています。この先は三軒しかないところにも選挙カーを進めました。
 わたしは「特に支持者がいなければ女性の視点から町政を考え、意見を言える西田さんを支援してください」との電話活動四回とウグイス嬢?一回の応援でした。応援者はみな手弁当です。ボランティアです。きれいな選挙でした。
 この日記の広場からも七十七口(三十九人)のカンパが集まりました。それ以外にも祈ってくださった多くの方に感謝します。祈りは通じる!それを実感できたことはとても嬉しいことです。四年後がまた楽しみです。

臨時ニュース
 内モンゴルの留学生ジリムトさんが、6月8日(日)結婚します。
 小倉市役所15F、12時より・・・モンゴルの歌や踊り、もちろん馬頭琴も。
 祝福しましょう。

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