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  聰子の日記の広場たより48号
通算三九三号 二〇〇三年三月十九日(水)陰暦如月十七日  発行人鍬塚聰子

 岡垣の西田陽子さん発行『無農薬有機農業通信43号』からの抜粋です。

 『わからない』なぜこんな勉強不足の議員がふんぞり返って議会を牛耳っているのか。
 『わからない』何故二言目には行革、行革、経費削減と言いながら6億もの箱ものを作るのか。
 『わからない』何故本当のことを言う私が謝罪しなければならなかったのか。---------
 これは遙洋子の『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』からマネしたもの。男社会の中で女が生きていくためには、いつも落ち着いて『わからない』を連発していくべきだと教えられた。
 さて、のっけから議員の悪口。これは岡垣町のこと。十月から三ヶ月間、学校給食民営化反対運動にどっぷりはまってしまった私。来る日も来る日も友人知人をオルグ、電話をかけFAXを流し署名用紙を持ち歩き(略)私は私の頭で考えついたこと全て行動化した。畑仕事、家事、塾の最中でも、どうしたらこの運動が広がるかで頭がいっぱい。そして十二月二十四日、岡垣町議会の文教委員会に参考人として招かれた。(ここで謝れ発言騒動あり)給食を勉強するようになって、調理員さんと出会い、彼女たちのプロ意識に圧倒され、子どもたちへのあつい思いにじーんとなった。また各校区の親たちの知恵とエネルギーに感動した。(略)岡垣にも長野県のような地方自治のうねりをこの給食問題をきっかけにつくりださなくてはならない。
 わぁーこれは2003年のでっかすぎる目当て。《原始、女は太陽であった。平塚らいてふ》女たちよ立ち上がり、そして手をつなごう。太陽のエネルギーでもって理不尽な押しつけをことごとく追っ払おう。将来の岡垣町を担う子どもたちのために。そしてなにより自分自身のために。
 なぁーんてかっこよく言って見たものーーーうーんーーそうーー女は強いのです。だってあすなろ塾(陽子さんの学研の塾)では、わからないと言って泣くのはみんな男の子なのです。(後略)


 四七号を読まれたHさんから早速のメール。 
 西田陽子さん応援したいですね。年賀状を繰ってみたのですが(岡垣の住人)一人もいませんでした。近くに住む人に声をかけてみます。でも少々のカンパなら協力出来そうです。政治の世界は関係ないとやってきたのですが、何もしないではいられない社会になってきたようですね。明治大正の女性達が女性解放運動に立ち上がったように、私達も子供たちが未来に夢を描ける社会にという運動を展開しますかな。  
 
 無農薬農業は大変だけれどもその野菜に支えられて元気だし、住民運動にどっぷりはまっても生活できたという事実がしみじみ嬉しいという陽子さんの通信は年六回が昨年は三回でしたが内容の深さが補って余りあります。女性として人間として生きている。


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