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  聰子の日記の広場たより42号
通算三八七号 二〇〇三年二月五日(水)陰暦睦月五日    発行人鍬塚聰子

 二〇〇一年の六月、匠塾の大島麻衣子ディレクターの手で日記の広場の梅みつ作りが取材され、テレQで放送されました。今回は彼女の紹介で「ワークショップ イー・エム・エー」のチーフディレクターの牛島俊郎氏のお仕事です。
 放映二月十五日(土)の朝九時四五分からのテレQ「九州の女」という番組の取材でした。事前に匠塾の松元望美さん(一月二五日の「九州の女」がディレクターの初仕事だったとのこと)が来られて打ち合わせ。数日後に牛島氏の取材。そして二十九日はそのお二人に、カメラ、マイクそして助手のかた総勢六人が、あの雪の降った寒い日に来られたのです。
 八年前も大雪が降りました。
 琉球大のオーケストラでチェロを弾いていた長男の最後の演奏会だからと沖縄家族旅行中、連れ合いが心筋梗塞の発作を起こし現地で入院しました。長男が付き添って北九州の病院に転院の日が大雪でした。空港まで迎えに、雪だからと早めに出ましたが、高速道路が閉鎖されたのです。国道はのろのろ運転。とても行き着きません。遠賀川過ぎたあたりでもう飛行機は福岡空港に着いています。空港に電話(携帯ではありません)し長男を捕まえJRで帰るように頼みました。そういうことを思いだしたので、取材の車が到着するか心配でした。古賀と紫川の間の高速道路が開いていたそうで、予定の時間には到着されました。望美さんの一念が通じたのですよと牛島氏。
日記の広場のプログラムはお料理です。
 初夏から育てた稲を収穫し、前週はすり鉢で脱穀、よりわけて数えました。これを食べようと話し合ったら、クリスマス会で評判の良かったビーフストロガノフつまりハッシュドビーフアンドライスつまってハヤシライスとなりました。
 家から持ってきた玉葱をむいて切ります。包丁が切れないと涙がでるので、助手の若いお嬢さんに六本も研いで頂きました。大助かりでした。それでも涙がにじんできたようです。今年は天候不順でお米はわずか六百六十粒しかとれませんでしたが、白米と炊き、蓋を取ると玄米がつぶつぶと見えました。
今回のテレビ放送は正味十一分だそうです。米子へ
引っ越す健也くんへのいい記念になり嬉しいことです。
Sさん庭のふきのとう
春の香りです

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