一覧表へ戻る

 聰子の日記の広場たより40号
通算三八五号 二〇〇三年一月二十二日(水)陰暦師走二十日 発行人鍬塚聰子

 平成一五年第一回目の日記の広場は恒例の餅焼きです。
 餅を焼くには火がいります。七輪に炭火を熾し焼くのです。集まった小森有紗・渡辺美希・清原絵里・篠原由紀ちゃん、そして唯一の男性である奥野健也くんとお姉ちゃんの美咲ちゃんとその友人の恵利ちゃんの七人は去年も日記の広場で餅焼きをしました。それで新聞紙と割り箸と炭とマッチを渡して、火を熾してと頼みました。
 七輪が二つですから、二組に分かれ始めます。団扇がいると誰かが言います。水もいると去年の事を思い出してバケツの水をベランダに用意しました。
 三年前は冷たい風が吹き、まだ幼かった健也君が鼻水を出していました。そのあと風邪を引いたのでした。だから今年の天候の穏やかさに感謝しました。
 新聞紙を裂き七輪に入れ、二つに折った割り箸を上に置きマッチで火をつけます。
新聞紙が燃え割り箸も燃えたら炭を入れます。さあ、団扇で風を送りますが炭になかなか火がつきません。煙たくて悲鳴をあげながらも、交代で力一杯扇ぎます。まだ着きそうにないので、新聞紙と割り箸を炭の上に置いてもう一度マッチをすりました。そうしてまた力一杯扇ぎます。やっと炭が赤くなり、みんな嬉しそうな顔。
 室内にすすが舞うと困るので、新聞の燃えかすをよく扇いで追い出し、七輪を室内に入れ、いよいよ餅を焼きます。
 網の上に載るだけ餅を置き。みんなで七輪を囲んで餅に注目。そのうちいいにおいがしてきますし、少しずつぷーっと膨らんできます。膨らむその瞬間みな「おおーっ」と声を出します。何度も何度も「おおーっ」
 わたしはこの声を聴きたくて餅焼きを必ず正月にするのだと判りました。
 きなことお醤油を用意したら、断然醤油が人気でした。どっちも!も勿論います。二キロ半のお餅は焼く片っ端から、ぺろりとなくなりました。美味しいのですから当然です。最後まで食べていたのは健也君と絵里ちゃん。
 その健也君はお父さんの米子転勤で日記の広場をさよならします。ジリムトさんが来たとき「今日は男が二人」とにっこりした健也君がいない
のは、とても寂しい。でも。家族が一緒に暮らすことは大切
なことです。また会えるのですから、にっこりとさようなら。

春蘭
山草だが江戸初期から栽培
塩漬けにした花に熱湯を注ぎ
蘭茶として愛飲されたらしい。

一覧表へ戻る