わがままな精神科医の夏帽子
         シリーズ街角の俳句会 M
       
 二〇〇五年一月十七日、我らが街角俳句会は六〇回目を迎えた。大体月初めの月曜日に開いているから、まるっと五年が過ぎたわけだ。で、記念に作品集を作った。会場である街の小さなショットバーの名は“グランパ”開いているのは必ず月曜日。そこで『おじいさんの月曜日』と決まった。
 この作品集のために各人の作品を纏めてくださったのが暮淡さん。毎回どの作品を誰が採って、特選はどれという句会報を出していたのだが、きちんと保存しているのはもとおさんくらいで、このご苦労に一同はははーと平伏感謝したのは言うまでもない。作品に発表年月と点数まで添えてある。
 最初は五句出しだった。参加人数が増えたので初年の十一月から三句出しとなった。だから欠席しても投句さえしていれば、全部で一九八句ある計算。ただ、第一回から投句して現在も続いているのは三人である。二年目から、三年目からと年々増えて現在常連は二十名前後。参加者も増え、グランパの狭いお店は、カウンター内まで一杯。
 作品集を作りましょうよと提案したきっかけは熊本で毎月一回句会をされている大山魚女さんからいただいた渓流句会報第三号。毎月の十二名から十五名の方の俳句五句と一句鑑賞も加えられて、なかなかいい一年間のまとめである。活字(これも死語?)として残るのは面映ゆいけれど、幾分かのいい気持ちがする。生きている以上はいい気持ちで生きたいではないか。
 こそは出版という組織も、これを機に作られた。代表は几帳面なもとおさん。残部少々あり。手にとって読んでみたい方はご注文下さい。本当のところ千五百円ですが、千円でお分けします。句集や歌集、自分史など出してみたい方もどうぞご連絡下さい。
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│ こそは出版                │
│ 電話 093 622 3249      │
│ FAX 093 642 3197       │
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第五十五回句会(八月)兼題別れ    

・ひとり残されて鯖のみそに  我洲
七人から採られ九点(ということは特選が二人)という快挙。五七五の定型でないのにこれだけ選ばれることはこの句会ではめったにない。伝統俳句系(永遠の俳句少年と自称)だからと有季定型以外は「わからん」で片づける乱葉さんが特選だった。鯖は夏の季語ではあるが、大根と同じで年中あるような気がする。この句は季節よりも「一人残されて」に漂う哀愁と「鯖のみそに」の生活感がこれ以外には考えられないほど、ぴったりだった。同じ青魚に鰯がある。では「鰯のみそに」ではどうだろう。これが違うのである。ローマ字表記をしてみよう。SABAとIWASHI
一目瞭然である。母音のAだけのさばと母音のIが多い鰯では口の開け方が違う。鯖のほうがまったりとしている。鰯は軽快である。我洲さんはそこまで考えて作ったのではないだろうが、感覚的に鯖を選んだことが成功した。たまたま夕食に鯖のみそ煮が出たのかもしれない。それでこの句が出来たのだったら、彼の幸運にあやかりたいものである。

・無数のひまわり無数のあきらめ   せい
 これもいわば自由律である。五人選。これほどはっきりとした対句表現は「あきらめ」と言っている割には哀愁より爽快感がある。次に無数の喜びときても違和感がない。
第五六回句会(九月)兼題出会い

・風が吹く秋ですかとたずねてみる ごん
一七文字だが五六六である。しかし口語俳句の親しさから五人選の七点句。ごんちゃんの俳句は囚われがない。俳句を考える時、彼は先ず空っぽにする。そして風景を眺め音楽を聴き、何かを思い出していくと、そこに言葉が浮かんでくるのだ。自信とか知識とか概念とかいう便利なものに頼らずに、ちっぽけな自分自身を頼っているごんちゃんの生き方は素敵だ。

・数十年経た木陰のなかいまぼくは 子房
四人選の五点句。ところが切り方が人によって違う。二句一章つまりある時点から数十年経た現在、僕は木陰にいるという上の句で切れるという人と、これは数十年経た木陰(この言い方が詩的でいいなあとわたしは選んだ)の中に僕はいると、どこも切れていないと一句一章だと言う人に分かれた。木陰が数十年経たという表現が受入れられない人と、そこが素敵なのだという人は交わりようがないが、そこは相手を添わせようと論が飛ぶ。こういう問題作があると句会は熱くなって面白い。が、本人は一度参加してワインを飲み過ぎて酔っぱらってからは不在投句の若者である。小説家志望の夢を温めている。

・蝉たちは鳥のようにはしゃべらない 夏日
当たり前なのだが、こう言い切るところに新人、いや真人かもしれない、の力を感じる。夏日という俳号も素晴らしい。投句だけだったが、句会にも参加し始めたのが嬉しい。

第五七回句会(十月)兼題笑い
 どういうわけか兼題をほとんどが忘れていた。だからといって目くじら立てないのがこの句会のいいところ。
・土手に立ち空一杯の秋をすう   ごん
またごんちゃんが高点をさらう。毎回ささやかな賞品を用意するのだが、いつも実に嬉しげに貰ってくれるから、こちらも嬉しい。「空一杯の秋」が素直でとてもいい。

・なぜ生きるとうた眼の深き闇   糸光
病気の息子さんを亡くし、その深い想いを俳句にするのは辛いことだと思う。しかしこのような俳句を作ることで、息子さんと共に生きているのではないだろうか。

・母は空想好きである秋日和   我洲
母が空想好きだと断定したこの楽しい気分が秋日和にぴったりする。苦笑も混じっているかもしれないが、お母さんを大きく包み込む作者の温かさを感じ、微笑ましい。


第五十八回句会(十一月)兼題風

・台風があとからあとから数珠のよう 我洲
 よく台風の来た年だった。数珠繋ぎの台風は天気図で見る。だから特選二人の六点句。

・主婦にならず独身の初冬かな   清
初冬が効いた。初夏とか初春、初秋でも駄目だ。まだ穏やかな初冬、これが清さんの心境にぴったり。これしかない時にそれを作るのは、偶然が重なったのではなく、必然だったからだと、いつも思う。

・電停に佇む空の高さかな     虎血
 これも切れで論が沸いた。「佇む空」と繋がるのか「電停で佇む」で切れてそこで見た秋の空の様子となるのか、曖昧である。

・名月を見上げて眠る棚田かな   皿倉
 山登りが大好きな皿倉さんは、句歴は新しい。棚田に月が写っている風景はよく詠まれるが、月を映したまま棚田が眠っているというアングルが受けた。ただ、見上げながら眠るというのはと無理な姿勢ではないだろうか。
他の高点句
・苅田かな農婦の一人道をゆく   虎血
・海は火と燃えて無名の露しずく   結
・決心は良くも悪くも柊の花 賢二


第五十九回句会(十二月)兼題特になし

・師走風生きてることが仕事です  ごん
 こんなの作ったんですが・・・と彼から携帯にかかってきた句。聞き難い時は何度も言って貰うのだが、これはすんなり耳に入り即「いいじゃない」薬を減らし頑張っている彼のそのままの言葉が俳句になった。俳句を長くやっていると、こういうのは誰かが詠んだかもしれないと類型化するのを恐れる。が、ごんちゃんは若いのだからそんなことを恐れなくていい。ごんちゃんが思ったことが言葉になれば。それが真実なのだ。真似したと簡単に言う人は、作ったことのない人だ。五人選の六点句。

・時雨止む思いがけずも君や虹   乱葉  切ないねえ、乱葉さん。三人選四点句。

・冬の夜砂場に立つと吸い込まれそう 我洲
 砂の妖精がいて、ちょっと間抜けだから子どもに捕まる。逃がしてくれたら願い事をひとつだけ叶えてくれるそうだ。我洲さんは妖精になろうとしたのかもしれない。
 合間に張り出し句会をする。郊外のごんちゃん亭句会。一回目は夏で兼題夏の花。二十代の実習生三人も句会初体験。

高点句順
・凛として耐えて輝く夏の花     香華
・尾を丸め雷様に負ける犬      皿倉
・飢餓入門蝉の抜け殻カルシュウム 又太郎
・低く飛ぶ朝帰りの蚊の憎らしさ  もとお
・雷は光るときれい流れ星  おかもと
・花合歓のところどころのひとりごと 聰子・庭トマトもぎって絞ればはにかみの味 桃夭
・ひまわりは暑さの中の笑顔かな   ごん
・ひまわりは弱味見せない何思う  ごんママ
・句会にもそれぞれ咲きし夏の花  ひろし
・夏の日にいなずま走る海景色   みさえ
・ひまわりは太陽に向かってすくすくと おの

 二回目は秋。兼題は水
・秋の午後こくりこくりと水の音  虎血
・川に落ちそこから枯葉旅に出る  ごん
この二句が高点になり、一位を競うのにじゃんけんでは俳諧らしくないことから、一句詠みあってみんなで選ぶことにした。
・黄金の稲もすっかり白米に     ごん
・秋の空まわりまわって風の歌    虎血
虎血さんが僅差で選ばれた。こういう遊びは面白い。
 十二月は「こそはの集い」の後、恒例句会。狭いクリニックの待合室に十五人集まる。三十分間に作れるだけ出すと一〇一句集まる。呑みながらだから賑やかで鼾も混じる。選句は大変で、最高点句は五点で乱葉さん喜ぶ。
・冬の陽は中学時代の匂いする    乱葉
・ぼくはだれの愛だったのか霜柱    結
・冬ごもり春は自立せんと旅に立つ   藍
・寒椿あなたの笑顔があたたかい  ミルク
・久々の顔と歩けり冬の道      飯田
・あたたかき湯に沈みゆくはだとほと 塩川
・森の中こもれびあびしマムシ草   菊池
・大木の根元に放尿し安心す     井本
・散歩道寒くないよと菫咲く   ごんママ
・トランスヨルダンの月ひきつけられる若者 又太郎
・美しく靴の木型は冬眠す     聰子

 句会では披講されたら作者が名乗り出るのだが、作者のわからない句があった。なかなか良い句なのに、ミステリーだった。
・かなしみでつめたい海を結ぶべし 詠み人知らず

 俳句は一応文学である。心を遊ばせてくれる楽しいものである。文学には戦争を止めさせる力はない。しかし人間が人間らしく生きる道を示してくれる力がある。それを信じて街角句会は六年目へ歩みだした。

2004.11