わがままな精神科医の夏帽子             
           
 ーシリーズ 街角の俳句会ー L


 二〇〇四年五月五日午後二時前、彩雲を見た。初めは虹かと思ったが、弧を描いていない。なにより太陽と同方向に見える。しかもその早朝は皆既月食が見えたから、ずっと晴天。周りの人は知らん顔で歩いている。一瞬幻覚かと思った。虹ですよと大声で人に教えたい程くっきりと真っ直ぐな虹が西方向に見える。幼児連れの若い人に教える。「ほら」と指さして教えていたが、きっとその子は生まれて初めて見たことだろう。夜のニュースで、彩雲という名を初めて知る。虹は空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光でできるが、彩雲は雲粒による日光の回折で出来る現象らしい。古来瑞兆と言われ、これが出たのでめでたいと年号を変えたこともあったとか。
 その二日後、この街角句会に出席は出来ないけれど家族三人で投句していた青年が息を引き取った。
  生きるすべ紡ぎ出しつ日だまりに ムーミン
 知らせを聞いた時、彩雲が浮かんだ。彼は中学時代に筋萎縮症を発病し、もっぱら自宅での闘病生活だった。家族の大きな愛情が支えで生きていたが、心ない医者の「治りませんよ」の一言で死を願った。自分では舌も噛めない不自由さに苛立ち「殺してくれ」と介護の両親に迫る。この子がこんなに願っているのなら罪を覚悟で・・・と思い詰めたムーミンママの気持ちが女親としてよくわかる。それを踏みとどまらせたのが俳句だった。主治医のそらさんが「三百句出来たら考えよう」と提案。ムーミンさんはあっという間に二百句以上作ったが、そらさん、わたしそれから何人かが五十句選をし、三百句に纏めようとしていたのだった。三十代半ばの死は早いだろうが、家族と彼の生き方は濃かった。
 昨年五月、俳句の話をしに行った時、主治医のそらさんが僕のことやたらと誉める、とにこっと言った。それで俳句が生まれ、九州俳句大会に出した。同時に出した私の俳句には一点も入らなかったが、彼の
  時計草やたらと誉める人だった  西牟田栄一
は宇田蓋男さんと布施伊夜子さんが採ってくださっていた。
 言葉の力を思う。言霊信仰を古代人の非科学性とは軽んじられない。つい最近も言葉の持つ力を実感した。
 前回のこの頁(Kではなく本当はLなのに間違いました。ご免なさい)を読んでくださって、熊本で渓流句会を開かれている大山魚女さんからおたよりが編集長に届いた。何時もと違って元気がないと感じられての励ましのお手紙だった。毎回俳句募集をしているのに反応無しと編集長から聴きいささか参っていたのは事実だった。独りよがりの文章を書いているのではないか、誰も読んでいないのではないかという不安があった。編集長がFAXで届けてくださったおたよりを読んだのだが、「真っ先に読んでます」の暖かいお言葉に、涙が出た。これも瑞雲を見たからだろうと嬉しかった。 
 その直後街角俳句会が開かれ、わたしは特選に迷わず
  六月の光大きな封書開く     そら
を採った。勿論誰の句かも知らないで採るのだが、句評の時本人から「これは大山魚女さんから例の手紙が来た時のこと。毎年一回発行の『渓流句会報第3号』が同封されていたので大きな封書だった」のだ。そういう事情を全く知らなかったのに、その言葉が私に強く働きかけたことに驚く。
 別の句会でもそういうことがあった。
  キャベツ噛めば噛むほど海は穏やか 千賀子
日常生活の満足感という観点からの特選もあったが、わたしは孤独感を感じて採った。すると句評で本人から「とっても辛いことがあって、そのとき出来た句です」との説明があり、ああこれも言葉の力だなあと思った。言葉に作者の深い想いがあれば、それが読み手に伝わる。
 よく類句だの盗作だの話題になることがあるが、言葉の表面だけをなぞるから、奥にある言葉の力まで気付かないのかもしれない。
 あるいはそんなに言葉の力を感じなくても他の人の俳句が自分に面白ければ、それでいいという意見もあるだろう。俳句が俳諧連歌の発句からの、子規の命名と知ると、尚更言葉遊びで楽しくやろううとも思う。
 こういう二面性のあるのが俳句なのだ。
わたしは四十代で俳句を始めたが、その前十年くらい勧められても拒否していた。俳句に自分の全てが出てきそうで、見栄っ張りなわたしは、自分で自分の嫌な部分を見たくなかったからだ。でも「勧めるのはこれが最後だ」と言われて始めた。もっと早くすればよかったと後悔するほど面白かった。だから、皆さんにも俳句しませんかと勧めるわけだ。
 騙されたと思っていかがですか。

 五十二回句会より 兼題「男」五月十日

三十路半ば病にとらわれ小糠雨ムーミン
 辞世の句。もっと生きたかったねえ。恋をしたかったよねえ。
男の子とはかくあるべしと思いしがムーミンパパ 
五十路春雨と涙の堺なし ムーミンママ
 ムーミンさんは千の風になって、光になって、星になって私たちを見守っている。

春愁や砂糖2杯の愛を乞う   剛
孫あやすように種蒔く老夫かな 〃
夕霞恍惚まではあと僅か    〃
 久しぶりの投句で、全部点が入る。春愁やは最高点句になった。私経由での投句だし、街角句会での唯一の私の弟子なので、身びいきせず、わたしは採らない。
 この句会から題を出すことになった対象を決めて句を作る練習。ただ三句とも題でつくらなくても良いと緩やか 。
 だからこういう句もある
なぜなぜなぜどうしてさみし春なのにミルク
心なごむ畑いっぱいのすずめのこえ   〃
 素直だから特選も入る。ただこの句会も五年目を迎え談合の声も聞こえてくるのはいかがなものか。採って貰うと嬉しいし、一点も入らないと寂しい。でもそこから脱皮して欲しい。
 見直して良いなあと思った句
ちょっとだけ背伸びしすぎて薄暑かな 賢二

五十三回句会より兼題「女」六月七日

前を行く女の手かざす梅雨晴れ間  虎血
 実景句。それなら「女手をかざす」が解りやすい。今月の最高点句。

しっかりと目を見て嘘つく女かな  ひろし
 この句会も女性が増えた。このときも五人女性。ただこの句は女性は誰も採らなかった。
 男性三人が採る。

五月雨や女ふともも放り出す  そら
 これも男性四人採る。太股じゃなく、「ふと、桃放り出す」の別解もあり爆笑。

のしかかる女の軽さやバラの朝  そら
 私だけしか採らなかったが、なぜだろう。ところがこういう句に四点はいる。
神幸祭濡れた下帯視る少女  乱葉
 非常に具体的だからだ。この句会に足りない艶笑さもある。
が、判る判らないの前に、言葉に詩があるかないかを感じて欲しい。選句も作句と同じくらい重みがある。選ぶことは決意すること。自分の身を投げ出してその句を受け取る決意である。
 
無知は罪六月の川去るばかり せい
 こういう独断には詩がある。

張り出し句会 六月二十二日(火)
 いつものショットバーではなく、私の誘いで三月からそらさんもサポートしてくださった茶房青花が会場。茶房青花は中国茶紅茶専門の店で、上質のものしか使っていないよろしさと世の世知辛さがかみ合わず、サポーターの力及ばず五月末閉店。が、店はまだあるのでみんなにこの空間を味わって貰いたくて企画。句会は即興で作る形式。みんなが揃うのを待っている間にゴンちゃんの「この景色視たような気がするんです」の言葉から兼題は「視覚関係」と決まる。短冊に各自書き、出来たらそらさんに渡すと、筆で和紙に書いていく。十一人で二十五句出る。それを壁に貼って、視ながら選句。
 時間と空間の余裕があれば、この形式の句会がいい。前もって出し、綺麗にプリントされているのを選句するのは能率的ではあるが、気ぜわしい。遊ぶのだから、ゆったり時間を使いたいと思うようになったのは、わたしも加齢のせいか。
 この日ビギナーズラックあり。若い友人で心理学の勉強をしている桃夭(と俳号を即決)さんが初参加。
紫蘇スイカヤマモモ木イチゴシャツのシミ
暗闇にとうとう出たか人魂か
     最後に残そホタル一匹

 五点、七点と攫ってしまった。山桃添えの赤紫蘇ゼリーを作っていったのだが、それが親近感をもたらしたし、これが俳句かという論議は抜きにして、新鮮さから点を集めたのだ。
 歯医者でちょっと遅れて来たもとおさん、早速に
抜く歯医者抜かない歯医者目に涙 もとお
よこ見れば花は萎れて肉を買い 〃
 この俳諧味はどうだ。作者同様に飄々としている。

発端は死である風のまなざし  さと子

五十四回句会 七月五日兼題「恋」

鯖をおろす思いっきり恋をするそら
 鯖と恋の意外性が詩をもたらす。

野薊はしっかりまっすぐ風の道  夏日
 一見実景句だが、中句の「しっかり」というところに彼女の豊かな感性がある。

風鈴の音色に胸が痛い    ゴン
 五七三と字足らずだが、ここの句会では五七五の定型や有季に拘らない。言葉は無音の部分もあるのだから、それで五七五にちゃんとなるはずである。自由律俳句として山頭火や放哉が巷間に取りざたされているが、その魅力は認めても、いざ自分が作るとなると抵抗がある。五七五に毒されているからだろう。だからゴンちゃんのこの句は魅力的で特選三人。深く考えないでこうなったと批判は出来るが、若さが作った句だ。羨ましい。
 この句会のあと即興で句を作った。以前参加されていた榎さんが顔を出され退職祝をかねて「自由」の題で作る。初参加の弁護士さんも一句。又もビギナーズラックで五点句。
書き出す暇はないから、詠み上げて各自好きなだけ手を上げる方式。一通り読んで、手が上がらなかったのをもう一度読んで敗者復活戦を試みたが、やはり選句眼は高く、全て却下。
 高点順に
F死ぬ自由ありて蛙の鳴き止まぬ  さと子
E梅雨寒や飯は一度であとは酒   乱葉
D自由とは絶えて久しき言の葉か  将
D紫陽花の一輪濃ゆし退職日    榎
C自らを由とする日よ良き弦音    暮淡
Cくったくもへつらいもなく山帽子   さと子
B一握の砂こぼれ落つのも自由   賢二
B何しようあれもこれもと夏の宵   香華
B大空に放物線の夏日かな      虎血
@美しい女 男の指は自由だろうか  そら
B野分去りカバン放り出すぼくら   そら
ANO WAR生ぬるいバドワイザー  さと子
A風のまま蚊取り線香白いスジ   香華
A夏まっさかり歩き続ける      さと子
A夏祭り飯でも食うか赤のれん   葉
 
日頃の句会では全く点が入らないわたしが、即吟ではこのようなのが可笑しい 。