わがままな精神科医の夏帽子                  
            ーシリーズ 街角の俳句会ー J   鍬塚  聰子
 今年一月お笑いの「吉本興業」と「心と遺伝子研究会」は「笑いによる血糖値の変化」
という公開実験を行ったそうだ。仕掛け人は筑波大名誉教授村上和雄さん。
 ストレスが体に悪いなら、逆に「笑い」は体にいいのではないかという発想。
昔から「笑う門には福来たる」と言われているのだから間違いないことなのだが、
多くの科学者は証拠がないものだから信じていないらしい。
 わたしは昨春女性初の真打ち古今亭菊千代さんの落語を笑って笑って聴いた
あと、それまで膝が痛くてふつうに歩けなかったのが、すいすい歩いていたという
経験があるから、笑いの効能は信じもし人にも勧めている。縁あって最近素人落語
の会と知り合い、毎月一回はそちらの落語を(無料で)楽しんでいる。
 さて俳句では笑いはどういう位置なのだろう。役人の子はにぎにぎをまず覚え
のような滑稽や風刺を身上とする川柳とどう違うのかと問われると、季語があるのが
俳句という答え方では今は通用しない。俳句と思って作れば俳句。川柳と思って作れ
ば川柳なのだ。それだけ俳句は混乱している。
 『現代俳句』(現代俳句協会発行)の十月号に、NHKのテレビ番組「俳句王国」の
司会を十年担当していた八木健さんの現代俳句講座「可笑しい俳句」が掲載されていた。
 面白い俳句は正直と裏切りがあるから可笑しいと健さんは言う。これが高倉の健さん
だったら説得力があるけれど。まあ、八木健さんの句はたとえば北海道へ行って
「でっかいどうやっぱりここは真駒内」というような駄洒落句である。しかし、
真面目に考えあぐねるよりとにかく五七五で作っていくというプラス思考を大いに評価したい。
沢山作った中から、自分の道が見えてくるはず。
街角句会はこの頃二〇人以上の投句があり、五句選ぶのは緊張感がある。
では可笑しい句はというと
七月句会(五七句)の
  出迎えは玄関先の蛙かな   暮淡
 蛙が出迎えるという実景の正直な描写で、一人住まいの侘びしさがわかる。
寂しいと言わないで痩せ我慢する人にとっては、これは裏切りであり、そこが可笑しい。
 
 振り絞る勇気でトマトは赤くなる 剛

 へーぇ、とトリビア度60?トマトは勇気を出すから赤いのだと素直に感心したあとで
可笑しくなる。トマトジュースのキャッチコピーに売れる!
 
 炒飯と冷麺を食べ別れ云う   乱葉
 これこそ寂しくて可笑しい。別れの前にそれぞれが炒飯と冷麺を食べたという正直さが
何とも云えぬ可笑しさを醸し出す。
   永き日や欠伸うつして別れゆく 夏目漱石 
   人の世に背(せな)を向けたる裸かな  賢 
 世間に正面向いたら、そりゃ裸では軽犯罪法で掴まるでしょ。いつも俳句的なきっちりした
風景描写と心情の絡み合いの絶妙な、たとえば 屍の仰向けになる秋の蝉 のような句を
作る人が、こういうのを出すと嬉しい。俳句革新の祖正岡子規に 睾丸を乗せて重たき団扇かな
とあると先ほどの健さんが書かれていた。可笑しいなあ。
  
   恋紫陽花こんなわたしですみません 天明
 いえいえ、わたしこそ。
  入梅や長生きぼくろに手を合わせほたる 
泣きほくろは良く聞く。それから唇にほくろのある人は
食いはぐれないとか。では長生きほくろは何処に付いているのだろう。
鬱陶しい入梅と長生きの取り合わせがいい。

七月句会高点句
八点 少年の走る早さや夏が来る  ひろ
五点 かなしいねなみだあくびに夏の影 ゴン
々  ねむの花うすいまぶたの眠りかな さとこ  

 八月句会(六六句)より
  夏の海キラキラ光るダイヤ波  ミヨ
 ダイヤ波の言葉がいい。ダイヤのように波がきらきら光っていた実景である。
俳句初心者は大胆に言葉を使うから新鮮で羨ましい。
  六人がテニスの後の西瓜かな  もと 
四人でないのが可笑しい。真面目でとぼけた味わいとでも云おうか。  

  精神科通うすいか道誰かの目  マリン 
西瓜が美味しそうだけれど誰か見ている!精神科に通うとありのまま書いた正直さには
健さん云うところの可笑しさと寂しさが・・
  腹太の女居るいる戦火の血   ママ
 太っ腹ではない。腹が太い女、ひょっとしたら妊婦かも知れない。三段腹を省みる。

八月高点句
八点 低く飛ぶアゲハの先に赤子の眼 子房
 々 天の川二千億個に願いかけ   暮淡
五点見つけたる蝉の抜け穴木の根っこ 天母
 
 九月句会(六七句)より
  難聴の男はっしと蚊をつぶす  そら
 理屈っぽいと云うなかれ。難聴だから必死に蚊を追う、健気で可笑しい。
  
  汽車の旅眼底に海を眠らせて 野捨次郎
汽車の旅は眠れないから、代わりに海を眠らせるという高度な喩。
九月句会高点句
七点栗落ちてひろう人なきふるさとや又太郎 
六点仏前にまあるい背中並び居り  ママ
々  別れの日庭に未練の法師蝉  もとお
五点彼岸花一字書いたら愚痴になり ゴン                     

十月句会(六四句)より
  秋日和、昨日・今日・奈良・明後日もとお
 言葉遊びで俳句を楽しむのはいい傾向である。街角句会にもそういう風潮が生まれているのは嬉しい。  
  
   
秋の風おりょおりょおりょとけつまづく 又太
 これは五点入った高点句。擬音の使い方が新鮮。こういう風に蹴躓くことは多いが、それを句にしようという挑戦が楽しい。
  日めくりも残り少なし茄子美味し 子房
 これも少なし美味しと韻を踏んで遊んでいるから楽しいのである。           

十月句会高点句
七点 言葉にし誤解されたと思う秋   ひろ
五点乱世なり流血と供に秋は逝く   虎血
々 杉林輝く秋に黙っている      夏日                    

 十一月句会(五五句)より
  秋日にうつで死にたしめしうまし  又太郎 
死にたいことと飯がうまいことが両立する可笑しさ。常識では矛盾と一言で片づけるかも知れないが
そう簡単に計れないのが人の生き方。秋日に死にたいと感じ、秋日に飯がうまいと感じたどちらも
真実なのだ。正直に書いているから可笑しくて哀しい。
  仏壇の花野を探す夜の中   我洲    
花野は秋の季語。その言葉を使ってみたかった我洲さんは仏壇に供えられているお花にそれを探そうとしたのだろう。         
  大口で笑う女に時雨かな     乱葉   
女への反感・同情いずれにしても上手い。   

  落日が崩れるチャンポン屋で  そら 
饂飩屋ではこの可笑しさは生まれない。高点を取った秀句。

十一月高点句
五点 母の死にただ草むしる夏従兄弟  ひろし
々  のっそりと海峡を出る船しぐれ   そら
四点 太陽にキスして秋は赤くなり    虎血
々  停車場の影揺れている秋の暮   賢