わがままな精神科医の夏帽子
     
    ーシリーズ 街角の俳句会ー E
                                    
 山茱萸の花が咲いた。これが山茱萸の実ですよと真っ赤な実とともに小さな小さな固い蕾が幾つか付いていた枝を暮れに戴いたのだが、一月の終わりに蕾が小さな黄色い花をつけ、部屋のそこだけ春のようだった。
 この花は鈴のようだ。ちいさな可愛い鈴だ。馬に付けた鈴で恋人の到来を知らせるあの稗搗節の鈴にぴったりである。それに実も深みのある赤い実で、ほれぼれする。
 シリーズBで、山茱萸か山椒かはっきりさせたいと書いたが、新しいことが判った。友人の友人(民謡大会荒らしと異名をとる)が国会図書館まで行って調べてくれた。原田解氏の「五線譜にない旅」によると、素朴な労働歌の稗搗節に、大八鶴富の悲恋物語が加わったのは、昭和八年以降。ブラジル在の酒井繁一氏が東京へ向かう車中で構想を得たとある。
 さらにわたしが目にした小学館「日本百科全書」には、椎葉村のダム工事に従事していたエンジニアが歌詞を作り、昭和二八年レコード会社により全国に流布したとある。
 これで歌詞の成立は山茱萸の木を薬として中国から輸入した江戸期以降と確定できた。大八鶴富のいた時代には山椒しかなくても、椎葉に伝わる那須家の系図が本物であっても、歌詞の成立が昭和であると判明したのだから、作詞者は花も実も可憐な山茱萸を知って作ったという推定が可能になる。
 椎葉村役場のHpでは「山椒の木はあります。」山茱萸の木を知らない人が多いのだから無理もない。作詞者が山茱萸を知っていたかどうかを調べる方法はあるのだろうか。
 これが難問。しかし、「別れの磯千鳥」を酒場で歌うハワイ二世に隣り合わせたことから、日本の古い歌謡曲と思われていたこの曲が、戦後のハワイで作られた唄であることを、沖縄、ハワイ、アメリカに取材して実証し一冊の本にまとめた知人がいるので、念ずればいつか判るに違いないとわたしもアンテナを張ろう。
 しかし事実を知るより、山茱萸の可憐な花や実を鈴に喩えて作ったに違いないという想像でこの話を終わらせたい気持ちが大きい。

十一月句会
 おびただしい死よ垂直に曼珠沙華 そら
 特選二人。俳句は五七五であるとする頑な人は、この句を俳句らしくないと排除するだろう。しかし、初歩は形を重んじなければいけないが(華道、茶道、武道しかり)形に囚われていては世界は広がらない。俳句に限らず、言葉の文芸は詩があるかないかというきわめて微妙な一点に評価がかかっている。だから、この句を一行詩と読むと強い印象を受ける。曼珠沙華は垂直に咲いているではないかと言うなかれ。夥しい死が垂直に曼珠沙華目指している風景を想ってほしい。曼珠沙華が死人花、彼岸花、幽霊花、捨子花と不吉な名称で呼ばれているのは、葉は花が終わって出る不思議な咲き方によるのだろうが、実は曼珠沙華は仏教ではそれを見ると悪の心を離れさせる力のある白くて柔らかな花だそうだ。
 先日町中で咲いていたので間近にスケッチしたのだが、細長い花片の力強い反りは惚れ惚れするほど力強く見事だった。鱗茎に毒性があるがそれが薬用となるのに、不吉な名ばかりついたのは何故だろう。
 さきほどの山茱萸は、秋珊瑚と言われるほど美しい赤い実が、茱萸(グミ)の実に似ていることから付けられたのだし(ただし茱萸をグミと呼ぶのは誤用でグミは正しくは胡頽子、と広辞苑にある)菫は大工さんの墨壺(墨入れ)に似ているからスミレというように、必ず理由があっての命名だから、曼珠沙華の正反対の意味の名は何故だろう。
 夥しい死は、あの貿易センターでの悲劇と重なる。あるいは広島長崎の原爆投下にも。したがって「死よ垂直に」の言葉はどんな言葉とも入れ替わりようがない。それほど強い意志で中句に座る。魂の叫びである。
 いつも感じるのだが、言葉には霊がある。古代の言霊信仰は今も生きる。現代人はそれを信じず、言葉を単なる記号としてぞんざいに取り扱う。曼珠沙華と死は近い、垂直な曼珠沙華は当然だと、字面だけで理解して、その奥にある叫びまで気づかない。ひょっとしたら霊魂そのものの存在を、目には見えないからという非科学的な理由で無視しているのではないだろうか。そういう人が俳句をすると、言葉が死んでいく。

 芋掘る手土の香りと笑み運ぶ  める
俳句初心の素直な句。深刻な句の後に出会うとほっとして選びたくなる。ただ良く読むと有原の業平のように心余りて詞足らず。馬鈴薯は茎を引っ張っても芋は出てこず、鍬で掘らないと収穫できない。でも薩摩芋は芋蔓式と言われるように、芋の蔓を引っ張ればずるずると芋が出てくるから、収穫の喜びは大きいし、久しぶりの土の香に束の間の自然を感じて嬉しい、とめるさんは言いたかった。
 俳句が省略の文学と言うことを思い出して欲しい。それをいっちゃぁ終えよ、はフーテンの寅さんの名文句だが、俳句にも借用。一番言いたいことだけを言う。あとは言わない。言わなくても読者には通じる。詞には魂があるから。   芋掘りの手に残りたる土の香

 鉄塔を浮き上がらせて今日の月  ひろし
 月の輝きを強く述べる道具が鉄塔である。写生句であるが、月の光に感動した心が鉄塔を浮き上がらせたのだろう。

 十二月句会
 冬木立風の歌聞け星の詩聞け   わか
 十人出席の句会で五人の選。星の詩を「ほしのうた」と読ませる宝塚的な甘さは否定できないが、「聞け」の繰り返しが読者の情に迫ってくる。この一句をもってわかさんの俳号が風詩と決まる。

 もち肌の呑めぬお酒にもみじ散る ほたる
 色っぽさに冬木立と同じく五人選。こういうふうに遊べるのも俳句の面白さ。

 群れて飛ぶ鳩に鈍色冬の雲    くに
 一年間失恋の句ばかりでみな食傷。点が入らないと嘆いていたが、彼の本領はこういう写生句である。嘆き節は卒業か。有り難い。

 月揺れて少女呪文を手に入れる  剛
 月が揺れると少女は蛙を王子様にする呪文を手に入れる。決して錬金の、あるいは不老不死の呪文ではない。手に入れると書いているが、誰も手に入れたとは想わない。しかしそこに漂うロマンの故にそれに惹かれて選ぶ。これをもし朗々と詠み上げ挙手の方法で選をすると誰も恥ずかしくてうつむく。日本人はロマンは好きだが、その表明は苦手である。それでは素敵な愛も消えてしまう。本来男性はロマンチストとか。しかし恥ずかしがり屋であることを付け加えねばならない。
 
二千二年一月句会
杉守の鉄の鳥居や初詣 賢
 句会では誰も選ばなかった。しかしだんだんいいなあと思えてくる。余分な感情は一切なし。鉄の鳥居のどっしりとしたたたずまいが見えてくる。鎮守の森のおごそかさが迫ってくる。贅肉のないすっきりした句である。

 約束はいと柔らかな蕗の薹    さと子 耳朶の午後はゆっくり透き通る  さと子
 句会で点を集めたが、曖昧な句。柔らかな約束とは?透き通るのは耳朶なのか午後なのか?どう解釈してもいいように逃げているのはずるいと自己分析する。

 初夢を思い出せずに又眠る   暮淡
 その通りである。しかし特選二人は、この句の飄逸さに惹かれた。「又眠る」の又が説明(散文的)なのが惜しいから下五を工夫すると、これからが楽しみ。 
2002.4 鍬塚聰子