わがままな精神科医の夏帽子
     
    ーシリーズ 街角の俳句会ー D
                                  
 七月句会より 
  色消して在るだけの空梅雨に入る ひろし
 梅雨の憂鬱さは、だれしも感じる。だからといって例えば
「梅雨の空傘をさしても憂鬱だ」と作ったとする。梅雨という季語があるから、俳句?思いを素直に述べたと誉める人もいるだろうが、それ以上ではない。
 俳句が世界で一番短い詩であることを思いだして欲しい。ひろしさんの「在るだけの空」が詩情を漂わせる。青空は広々としている。思わずぐるっと見回してしまう。ところが梅雨空は「在るだけ」なのだ。この表現が心を捉える。ただ、「色消して」は必要だろうか。梅雨であれば無彩色というかグレーを思い浮かべるから、上五にわざわざ暗い空の説明はいらない。では、どんな言葉が相応しいのだろう。ひろしさんが一番言いたいのは、「ああ、梅雨になったか。またじめじめとした日が続くなあ」という軽い憂鬱さであり、気軽に外に出られないなあという閉塞感である。そこで皆さんにお知恵を拝借。
○○○○○在るだけの空梅雨に入る
 この○○○○○の五文字を募集します。宛先は文末に。

  門司港は繃帯をした雨でせう  さと子
 非常に意図的な句である。レトロが売り物の門司港は、昔は港として栄えた。その時代を匂わせるための道具が「繃帯」普通に書けば包帯であるが、あえてこの字を使っている点。第二点目は「でせう」という古い表記。けれど、意味を考えようとすると
@門司港は雨  これは当たり前
A包帯をした雨 これは不可解
と混乱するのではないだろうか。ここで先ほど述べた「詩」が顔を出す。古い駅に白い繃帯。真っ白ではなく汚れているのかもしれない。そこに幾ばくかの詩情が漂わないだろうか。
 
  梅雨寒やなんとおしゃべりな乳房群 そら
 口語の魅力と文語に納まりたいという願望が、うまく調和した。俳句の典型的な切れ字の「や」に「なんとおしゃべりな」というくだけた口語を組み合わせているのが魅力の一つ。下五がこれでいいという人と「いや、乳房たちと柔らかな表現が良い」という人に分かれるだろうが、それは仕方ない。誰にもいい顔をしていては詩が薄れる。俳句は自分に忠実で、人には我が儘でなければ作れない。

白雨やアスファルトまで白くなり    賢
 俳句や短歌をすると、日本の美しい言葉に出会える。白雨を夕立と読むことはこの句で初めて知った。夕立の激しさを言い得ていると表記の美しさに感心する。

 さなぎには死が充ちている    わか  定型(五七五)ではないのも作ろうと全員が試みた中の一句。さなぎはこれから成虫になるのだが、その先を見据えた句。

きらきらと風にゆられて花えくぼ ゴン
 マッチョなごんちゃんと花えくぼ。いいなあ。
彼には既成概念は通用しない。我と対象があるのみ。その一途さが羨ましい。その若さも。

積乱雲白さまぶしき雨上がり   くに  わかりやすさが点の入った理由。積乱雲は入道雲だから、白いと誰しも思う。まぶしいと思う。俳句は、まぶしいと言わないでまぶしさを表すのが楽しいところだから、それに挑戦して欲しい。

八月句会より
燃える夏氷菓の夢は溶けてゆく ぼたん 
 今夏は猛暑であった。氷菓が溶けるのは当然だが、そこに夢を組み合わせた工夫が好感を呼んだようだ。
  
  風に揺れ薄羽衣か赤とんぼ   ほたる
 とんぼの羽は透き通っている。だから薄羽で作った衣のようだ、そしてそれが風に揺れていると素直に詠んだ。

  黒麦酒君想ふ時口ゆがみ     とく
 主題は、失恋の苦さである。麦酒の苦さに口を歪めることでそれを表そうとし成功。     
九月句会より
  秋天や大陸までの蒼さかな    えの  この句を声に出して読むと秋空の広がりが気持ちよく目に浮かぶ。シュウテンの響きは次の大陸をすんなりと呼び出す。どの言葉を使うか迷うときは、音を聴くのがいい。何度も声を出して、自分の耳を信じて、一番響きのいいのを選ぶと成功する。
 現代人は人口の音に馴れすぎている。自然の音は、求めなければ得られない不自然な生活である。けれど、一番自然な音は自分の声なのだから、新聞や本を時には声を出して読んではどうだろうか。するとある日俳句がふと浮かぶかもしれない。   

  ひよがぽんと葉の落ちた枝にとまったゆき  これが俳句?と首を傾げる方もいるだろう。形から言うと、五七五ではなく六八三。しかし十七音なのである。次に、なにか文章みたい、つまり散文だという批評も出来る。しかし、これには詩がある。俳句は使い捨てカメラだと言った人がいる。だれでもどこでも使える。誰でもどこでも作れる。それだけではない。心に響き、いいなあと感じる俳句を思い浮かべて欲しい。するとそれはカメラのように、在る瞬間を切り取っているはずだ。この句にもそれがある。

 十月句会より
すすき野に一人混じりて風となる 藍 
 夏休みの外国旅行帰国後の一句が高点をとった。わが街角句会の平均年齢を下げる大学生が、日本古来の侘び寂びの世界を描くから、俳句は面白い。

叫ぶ人秋刀魚焼く人逃げる人  ヒロ  あー、焦げてるよ。うわー、煙い、たまらん。叫ぶ人、逃げる人。しかし黙々と秋刀魚を焼く人、その対比が面白い。
 
赤とんぼ風の裂け目に刃を刺して 剛 
鰯雲連合艦隊攻めて来た    剛
 俳句の大きな特徴の一つに喩がある。人間の感情は簡単に喜怒哀楽とまとめるが、例えば哀は人の数だけ有るという。だから、自分の気持ちをきちんと表現したいときは、その感情がより具体的に伝わるように、物を出す。それが喩である。剛さんは秋の雰囲気を刃で表そうとし、鰯雲を見たときの心躍りとなにがなしの不安感を連合艦隊で表そうとした。
  
 七月から十月までの高点句を挙げてみたが、一説、高点句に佳句なし。点の入らなかった人の負け惜しみかもしれないが、句会後、いい句なのにどうして選ばなかったのだろうと思うことがあるから、半分は当たっている。
2001.11 鍬塚聰子