わがままな精神科医の夏帽子
     
    ーシリーズ 街角の俳句会ー B
                                    
 俳句を始めるとその季節の植物に詳しくなる。なぜなら、例えば春の花と言う漠然とした表現は俳句では嫌われるからである。春の花といっても沢山ある。梅、椿、桃、櫻、蒲公英、紫雲英、菜の花、藤・・それぞれ雰囲気が違う。梅の花は冷たい香気、桃は柔らかさ、櫻は儚さと艶やかさ・・・・
 しかしそれだけの雰囲気では括れないものをそれぞれ持っている。見る人の気分で、同じ椿でも、孤独だったり、妖艶だったり、清楚だったり、おしゃべりだったりする。一つの花でさえ、多くの印象を持つのだから、それを春の花と大雑把に纏める危険性を、賢明な読者諸氏はおわかりだろう。
 わたしも現代俳句協会員という肩書きこそあれ、知らないことが沢山である。大昔は、櫻が紅葉することさえ知らなかった。これを世にかまととというらしいが、本当に無知であった。それが俳句を齧ると、植物に詳しくなるから不思議である。
 今年はじめて山茱萸の花を見た。歳時記に
春黄金花とあるように、早春、ちいさな花をびっしり付ける。実が成ると秋珊瑚というらしい。  
  山茱萸の花ひっそりと鳥瞰図  さとこ
 山茱萸の花を見て以来、「稗搗き節知ってますか?」と聞いている。サーと首をひねるのは十代、二十代の若い人。庭の・・・で始まる宮崎県の民謡と説明すると、聞いたことがあるというのが三十代以降。そしてわたしと同年輩は皆知っている。そこで、次を質問。
「にわのさんしゅうーのーきー」は何の木?
 ほとんどは「山椒の木」と答える。
 民謡大会荒らしという人に尋ねてみた。山椒を「さんしゅう」と唄った方が哀愁がにじみでるそうだ。
 しかし、山茱萸の木を知っている人はみな、これはあの稗搗き節の山茱萸の木ですよと仰る。ホームページで調べると「山茱萸は稗搗き節で唄われているが、山椒のほうが通りがいいので民謡協会が山椒と統一した」とある。これは民謡協会の横暴ではないか、訴えようとさえ思ったが、山茱萸は江戸時代に中国から輸入されたらしい。秋に珊瑚のように美しくなる実が強壮剤としてもてはやされたのかもしれない。
 そこで、一概に民謡協会の横暴と言えなくなった。稗搗き節は一体いつ頃の成立であるか?ご存じ源氏の那須の大八と平家の落人鶴富姫の悲恋が労働歌として歌い継がれたと思うのだが、この唄が山茱萸の輸入以前だったら、山椒の木でが解となる。炭坑節やソーラン節は、明治以降に生まれたと素人でもわかるが、稗搗き節はどうなのだろうか。
 源氏の世に、平家の残党びいきの唄を唄うのは当時の庶民としては憚るだろうし、いや、だからひっそりと唄い継がれたのだとも言える。平家物語に那須与一は存在するが、大八はいない。国史大系の尊卑分脈にもない(と友人の弁)。だからといって大八が架空の人物とは言い切れない。「椎原山由来」に那須大八郎が平家探索の陣小屋を椎の葉で風を防いだことから椎葉という地名になったと記されているし、吉川英治は新平家物語に大八郎を登場させている。
 そういう歴史から、正しい事柄を導き出すのも面白いのだが、逢い引きの合図に鈴を鳴らすという稗搗き節を想うと、棘だらけの低木である山椒よりも、稗の収穫時に赤い可憐な実を付ける高木の山茱萸が相応しいと想いたくなる。だから、正しくはどちらなのかと知りたくなる。図書館に行かなくても、インターネットであれこれ調べられるから、便利ではあるが、万能ではない。どなたかご存じの方は教えてください。
 閑話休題。
 街角句会も一年を迎えた。経験者はわずか二名。あとはおとなになって(小中学生の頃作った、作らされた経験はみなある)はじめて作る人ばかりなのだが、月に一度の句会が消滅しなかったのは、やはり俳句に魅力があるのだろうとは自画自賛。しかし、今日の俳句人口の短歌を凌ぐ勢いは何故かと、考えるのも一興。
 まず短いこと。川柳と同じ形である。季語さえ入れれば俳句らしくなること。さらに「や・かな・けり」をひとつどこかに入れると途端に俳句そのものになること。
 とこう並べると、すぐにでも俳句が作れそうだが、簡単に出来ない。それも魅力の一つである。
 今年から句会参加のぼたんさんは、
  無鉄砲季語も知らずに句を作る  
という俳句を出した。勢いがあって面白いのだが、これを俳句と認めるには抵抗がある。季語が入っていないからではなく、感想がそのままというのが難点になる。こういう俳句を目にすると、だからどうなの!それで?と意地悪くなる。
 簡単に言えば、屈折が欲しいのである。
 そういうことを句会では遠慮せずに述べる。すると二月の句会に彼は
  なごり雪小刻みに震えねこやなぎ
を出した。七人参加で三点を取ったが、評は作者の意図とは離れていた。猫柳の健気さは共通するが、プラスではなくマイナスイメージの健気さである。ぼたんさんは、寒さの中に今にも飛び出しそうな猫柳の躍動を句にしたかったとのことで、それではと後日改作。
  陽光の鼓動にも似て猫柳
 第一回の参加から、三ヶ月でこのような句が生まれるとは素晴らしい。本人も「俳句が面白いです」と言う。言葉を生み出す(言葉はそこにある物なのだが、それを見つけることは生み出すことだと思う)喜びを俳句に見いだしたからだ。
 この三ヶ月の句会の高点句を眺めよう。

十二月(投句九名参加四名)特選二点
三点 年の瀬や何処に向かう足二本  榎
   久住山ひとっとびした冬がある ひろし    朝焼けを背にしてひとつ寒鴉   國

一月 (投句十人参加五人)
四点 降る雪に赤さましたる椿かな  ほたる
三点 輪が場所にとぐろをまいて寒に入るひろし      おろおろと寒寒月のひとりごと  結
薄皮を剥がして冬の茜かな   聰子

二月 (投句九人参加七人)
四点 干し小梅口にふくみし母の皺  ほたる
甲斐なくもせめてや匂え犬ふぐり 國三点 自惚れの向こうは海よスヰトピー 聰子 なごり雪小刻みに震えねこやなぎぼたん
水底の村のおまつり雛人形   結
雪雲をかき消す子等の声黄色  剛
梅の花りんとひと花背筋伸び  ほたる 虎落笛我が生誕の遙かなり   榎

三月 (十二人投句全員選)
九点 ときめきはときめくままに春のよいひろし
七点 初蝶の絹まといたる春を喰う ほたる
五点 鳩を追う子を追う母と春の風  剛
   春雨よ誰を捜して降り続く   ごん
四点 春愁や古き自画像の眼にも   榎三点 楊折やいろ新しき背広着て   結

 ひろし・ほたるの二人は一度も句会には出ていない。それで何時も高点を攫っていく。それぞれ事情があって夜の句会に出られないのだが、それでは一方通行である。思いついて三月は選句をしていただいた。リアルタイムではないが、句会参加である。選句は作句より難しい。つまり高点だからいい句だと断言できない矛盾がある。しかし、点が入ると嬉しい。だから句会が潰れないのである。
2001.5 鍬塚聰子