作品展望162「樹」168号を読んで

     蒙古斑で悪のススメ          鍬塚 聰子
         
 赤ちゃんのお尻の青いのを蒙古斑という。内モンゴルのジリムトさんと台湾の李佳芳さんとの赤ちゃんマンドッチくんのお尻には歴然とそれがあった。出産見舞いの病院で「見せて」と頼んで見せてもらったのは、もう二年前になる。昨年三月に「草原の音」ライブを開いたジリムトさんがこの五月二〇日に「草原の恋」ライブを小倉北区ムーブホールで開く。去年は下関から照代さんもお友達と来て下さって、三〇〇席が二〇〇席埋まったのだが、ムーブは五〇〇席!馬頭琴の演奏と踊りや歌。踊り手は九大の留学生姉妹なのだが、姉は既に医師の資格があり、妹は博士課程に在学中。高学歴の姉妹は日本にもいるだろうが、民族舞踊をプロとして踊れる姉妹はいるだろうか。ジリムトさんに聞くと、モンゴル人は誰でも唄い踊りますよという。カラオケが盛んだから日本人も多く唄っているが、民族歌謡(民謡)は少ない。戦後日本文化が切り捨てられたのだが、蒙古斑は切り取れないはず。古くから日本に伝わるものを継承していくのが文化なのに、どうも多くはアメリカ的な便利さを文化と思い違いしていたようだ。なにはともあれ蒙古斑を共有して馬頭琴を聴いてみませんか?
  春の町へ母のセル着て出かけます  林  照代
 セルは、オランダ語sergeをセルジと呼んでいたが、「絹地」「木綿地」などへの類推から、「セル地」と解されるようになりそこから「セル」となったそうで、薄地の毛織物。だから制服によく使われるサージと語源は同じ。セルはもう昔の言葉になってしまったようだが、その懐かしさは健在。昔の言葉をもっと使って伝える義務が私達にはあるはず。余談だが「春の町」は地名として八幡にある。そこの製鐵病院の産婦人科で4人の子どもを産んだので、特に懐かしい。

  ゆらゆらとゆれる縁や青き踏む   姫野 恭子
 麦をしっかり踏みしめているのに、それに縁は強いはずなのに、いま唯今、父や母、夫や子のことを思うとなんとはなしの揺らぎを感じる。子として妻として母として、この感覚を抱く人は多いだろう。縁が強固というのは作られた概念なのだ。例えば主従は三世夫婦は二世親子は一世という武家世界に有利な理論がある。小林恭二さんの「宇田川心中」は恋人同志が来世の出会いを信じて壮絶に死ぬ。そういう強さに憧れる一方、個人主義の風潮は曲げられてはびこっている。そのなかで恭子さんはゆらゆらと不確かな自分を抱えて生きている。誰もそうであろう。今号の佳句の第一に推す。

  白野江の八千代椿に通り雨    広重 静澄    美禄句会の白野江植物園公園吟行の句。目で見て読んで耳に、なんと心地よく映り聞こえる句だろう。七人中五人選び最高点句。吟行は楽しい。同じものを見聞きして共通の空間の中から生まれる俳句を撰ぶからだ。事前投句で苦しまなくていい。俳句をやめたそうな人が句会にいたら吟行を企画するといい。俳句が出来なくて苦しむのはほんの何十分なのだから。しかし誰しもが静澄さんの句とは思わなかった。やはり「さざ波の向こうから」の始めと終わりに俳句を置くために、たくさんの俳句に目を通すから自然と力がついたに違いない。皆さん、だから選句をしましょう。現在の選句状況は紙面の経済的都合で全員の選句が載せられていないのでわからないが、同人は投句する権利と選句する義務がある。重ねて言う、選句しましょう。

  一列に並んで落ちる椿かな    堀   春美
 報告俳句じゃないの?いや、椿が一列に並んで落ちましたいう報告ではない。「わたしは見たんです、あなたは見たことありますか」という春美さんの驚きと喜びが伝わる発見俳句(そういう言い方があるならば)だ。
 夏目漱石の 落ちざまに虻を伏せたる椿かな 
と同じである。椿はみな仰向きに落ちるからこの句は作り物だと誰かが書いていたが、漱石の弟子物理学者の寺田寅彦は椿の花の落下状態を観察して、木が高いほど椿は俯きに落ちると実証したことを知らなかった人だろう。ついでに言えば『草枕』や『それから』に椿の落ちる場面があるそうだ。またまたついでに芭蕉にこういう句がある。
  落ちざまに水こぼしけり花椿 もちろん漱石はこの句を知っていただろう。俳句は遊びである。類似句類想句と目くじら立てる事なかれ。

  雛の町平らな人が往き来する     阿部 禮子
 「平らな人」とはどんな人だろう。その前に「雛の町」はお雛様を飾っている町、雛祭りの日の町、あるいは雛壇飾りそのものを「雛の町」と言うのか、というのも今、梨木香歩作「りかさん」を読んでいると、雛壇の人形があれこれお話しするので、そう思った。まあ、普通に「雛の町」としよう。お雛様の細い目からしたら人はみな平らに見えるのではないか?いつもこんな突飛なこと書いてごめんなさい。ちなみに、これは素面で昼間書いています。

  万葉の歌くちずさむ春の海    猪ノ立山 貞孝
 春の海といえば宮城道雄の有名な箏曲。それは 我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき と大伴旅人が詠んだ鞆の浦を見て作曲したそうだ。貞孝さんはどんな万葉歌を口ずさんだのだろう。若い人は万葉集は学校でしか習ってなくて縁遠いと思うかもしれないが、貞孝さんは女学校で習われてか、あるいは家族のどなたか万葉集のお好きな方がいたかで、身近だったに違いない。万葉集は歌の技巧が重んじられるようになった古今集等々とは違って、当時の人々の思いがそのまま言葉になったものだから、時代を経ても心に沁みる歌が多い。大好きなのは わたつ海の豊旗雲に入日さし今宵の月夜清明くこそ 中大兄皇子 後の天智天皇の作。この雄大さ明るさはほれぼれする。ところが万葉仮名のこの歌を韓国語で読むと「弟の大海人皇子が動き出した。同盟は崩れたので、入鹿一族を切り倒し、私が頂点に立とう」となるそうで、韓国女流文学人 李 寧煕(イ ヨンヒ)さんの説。うーん、そういうふうには読みたくないなあ。

  東京は雨白魚の目が泳ぎ      沖  隆史
 宮澤賢治は東京に憧れ、親の反対を振り切って何度も上京し東京で生計を立てようとした。しかし愛する妹の病気に遂に帰郷し、二度と東京には行かなかった。今の東京にはそれほど吸引力はなく地方が見直されているとはいえ、久しぶりに東京に行くと、なんだか感動する。そういう魅力が首都にはある。それを踏まえての「東京は雨」たしか以前にもこのフレーズを取上げたが、今回も新鮮だ。
  
  反芻の牛かすめてや隙間風     合原 正利
  思い出を胃で反芻する春の牛    末永 晴海
 同じ季語というのはよくあるが、滅多に使わない言葉が会った事もないひと同志で出てきたのが面白かった。鹿・麒麟・牛を反芻類と呼ぶ。固い植物性繊維を消化するための四つの胃は、生き延びるための進化なのだ。のんびりともぐもぐやっている牛は春に相応しいが、裏には生態系の不思議さがあり、それらを感じさせるお二人の句。

  点滴落ちる一コマ一コマの絵画    鮫島 康子
 病院のベッドで原稿書かれる精神力の強さ。締切りにいつも遅れるわたしは(春樹さんごめんなさい)康子さんの影すら踏めない。                                              薄紅の山茶花という吹き溜まり   田中  恵   映画の一場面に使いたい静謐さ。吹き溜まりに味がある。                            春月を連れて帰れば妻の愚痴    増谷  信一  駘蕩とした春の月の気分に浸ってゆったりと帰ると、ちょっと(大幅に)遅かったわねと・・春月という大吟醸や生田春月(鳥取出身の詩人で、松井須磨子の墓のある東京新宿の多門院に詩碑あり)を連れ帰ったわけではない。 


2006.5  「樹」169号掲載