作品展望159「樹」165号を読んで

      丹念に 悪のススメ        
 毎年お正月の日記広場では餅焼きをする。七輪に火を熾して、炭火でお餅を焼く。小学生四年生Aちゃん(日記広場八年目)「はい、紙を裂いて、割り箸折って!はい、マッチは私がつけるからね」と采配をふるってくれる。風邪で声を出すと咳が出るので、彼女に任せる。紙と木を燃やし消し炭を置くが、先ず煙が出る。それがいやで部屋に入った子もいる。四歳のMちゃんは、最後まで小さな手で団扇を動かし扇ぐ。途中で風向きが変わって狭いベランダで七輪を動かしたりと、小雪混じりで寒かったけれど櫟の炭にまで火がついた。室内にいれ、餅焼き網の上にお餅を載せる。このときは六人全員ぐるりと七輪を囲む。「これはわたしのとお母さんの」と網からはみ出さんばかり。お餅がぷーと膨れたとき、どの子も笑顔になるがMちゃんの笑顔が一番輝いていた。ところで、「殿様には鯛を、貧乏人には餅を焼かせると美味しい」という話を昔はしていたが、貧乏人という表現は差別語かなとか思っていたら、話す機会を逸してしまった。ゆっくりした人とせっかちな人と言い換えればいいのかな?俚諺というのか、日本人の持つ小さな情味がまた消えていく。
  晩秋や生涯棲めぬ坂の上     竹原 とき江
 膝があまり良くない私は、そうよねえ、坂の上はきついからねえと作者に同感を抱いたのだが、そういう意味だったのだろうか。「棲めぬ」に目が行く。司馬遼太郎の「坂の上の雲」「世に棲む日日」これがとき江さんの脳裏にあったいうのは深読みだろうか。秋山兄弟、吉田松陰と高杉晋作彼らのように志あるものが坂の上に棲めるのであるととき江さんは思った。

  丹念に生きたかを問う菊薫る   徳永  義子   菊薫る日、義子さんは我が身を振り返る「わたしは丹念に生きてきただろうか」と。なんと深い言葉だろうか。そういう人は必ず丹念に生きた方だと確信する。今までわたしは「丁寧に暮らしたい」と思っていたが「丁寧」の「丁」は略字であった。これから丹念にと言い換えよう。丹念の丹は漢字本来の意味としては「赤」を表すが、日本で使われると赤は裸、裸は「まごころ」の意味となり、丹念・丹精という言葉になった。丹田も人間の重心であるから真心の有りどころなのだろう。
  夫留守の食卓があり根深汁    宮本 千賀子
 葱の味噌汁や清汁を根深汁という。わたしはいわゆる葉葱がその青っぽい匂いで好きではないが、白ネギとも言う根深葱は煮ると甘くなるので好きだ。夫が留守だけれど彼の好物の根深汁を丹念に作ってしまう千賀子さん。
 
  平凡という幸せや根深汁     猪ノ立山 貞孝
 実は、夫が留守だから簡単に葱を実にしたともとれると書こうとしたのだが、貞孝さんのこの句を見て「好物の」と決めたのだった。

  透き徹りはじめる葱の従順さ   依田 しず子
 透き通る葱は根深葱。それを「従順」と手なずけるしず子さんはお料理上手だ。鍋物の季節、よくく目にもし口にも入れて実感している一場面が、このように俳句になると小気味よい。

  晩酌の燗をゆるめに根深汁    魚返 サツ子
 折角の根深汁の旨さを損なわぬようにとの気配りであろうか、燗をゆるめにするという。スーパーの特売で、あるいはコンビニでお総菜を買ってチン!では絶対できっこない情感。熱いものは熱く、しかし、他とのかね合いを見計らってというのは父親への食事に母親がしていた風景。これを遺物にしてはいけない
  野口英世冬木の瘤が光っている   大田  一明
  烏瓜静かに灯る青江美奈      神無  月代  兼題が人名だった美禄句会でのお二人の作。実に上手い。 野口英世は伝記でお馴染みだし偉い人とは思うものの、奇人のイメージが「冬木の瘤」のぴったりで、しかも思いがけずお札に登場した彼のおでこはなんとなく冷や汗で光っているようには見えないだろうか?
 青江美奈は好きな歌手だった。ブルースの女王は淡谷のり子で、そのつぎと思っていた。五四歳でなくなるとは惜しい。で、低音なのに烏瓜のイメージが彼女にはぴったりだと私は感心し、特選にしたのだった。

  柿干して墓のことなど考える   沖  隆史
  恙なく生きてる証柿すだれ    小野 カズ
 柿と生死。さっき丹は赤色で、それで「まごころ」になったと書いたが、柿の赤色も人間の大事に関わる色なのだろう。「墓」「生きてる証」と相反するふたつが柿で繋がっているし、それが隣り合わせだったのも面白かった。同じ赤色でも「紅葉見て墓のことなど考える」では絵空事に感じる。柿を干すという作業を通して「はておれは丹念に生きてきたか、まあまあ生きてきたから墓のことを考えてもいいだろう」というカラッとした明るさが生まれる。そういう色合いだから、「恙なく」を「丹念に」と換えたとしても、同じ意味になるだろう。
枝打ちの昼餉の座には朴葉敷き   合原 正利
 最近日本の山が荒れているという。枝打ち作業をする人が少なくなったからときく。自然のままでというが、昔から人間は自然と共存させて頂いて生きてこられたのであって、それを人間の勝手でなしにしてはならぬ。正利さんの枝打ち作業も大変なことだろうが、昼餉に枝打ちした中の大きめの朴の葉を敷き詰めたこの優雅さは羨ましいこと。潤沢な香りがただよう丹念な昼餉であったに違いない。
万葉集の有馬皇子は「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば・・・・・」朴の葉だったかなと調べると「椎の葉に盛る」だった。 新潟では朴の葉飯というのがあって、 朴の葉を十文字に重ね、ここへご飯をのせると上からたっぷりきな粉をかけて朴の葉で包み上から紐で縛って野良仕事に持ってゆくのだそうだ。木曽地方には朴の葉にお米を包んで蒸す「朴葉飯」があるらしい。東北地方ではおにぎりを包むとか。西濃地方では、報恩講という東本願寺系の行事のとき、ごちそうを持ち帰るのに朴の葉に包むことが『岐阜県の食事』(農文協)に記録されている。自然と共存させて頂いていた頃のなんと豊かな生活であることよ。密閉容器だ、ラップだと石油製品を使い捨てる現代の貧しさと対極にある優しさをこの句は持つ。

  洗濯が乾く立冬の日の夕暮 桑原 順子
  立冬の物干し竿に乾くシャツ     . 〃
 どちらも同じ風景であるが、シャツの句が断然良い。何故?「洗濯が乾く」より「乾くシャツ」が具体であるから。そうご名答。しかも「物干し竿」がいい。竿に両袖を通して干すことをしていないわたしに、この風景は鮮烈にうつる。昔はそうやって干していたのに、ハンガーに掛けてちんまりと干すようになったのは高層住宅が増えたため。

  霧・狭霧話しかけても応えない    鮫島 康子
 狭霧の「狭」は接頭語。小夜時雨の「小」もそうだし優しい日本語である。霧に話しかけてもおしゅんではないが「そりゃきこえませぬ伝兵衛さん・・・」言わず語らずに心が通じ心中するおしゅん伝兵衛の切なさは、優しい日本人にはよくわかった。今は話しかけても応じない、つまり関係をすっぱりと断ち切る強い人が増えすぎていると康子さんは嘆いているのだろうか。

  ほっそりもぽっちゃりもいて冬木立  末永 晴海
 冬木立も色々あるんだという晴海さんの発見が楽しい。きっと上五中七を色色々と考え、えいこれだと置いたはず。その勢いが感じられる。俳句は勿論色々考えるには考えるが、最後はどう決断するか自分にかかってくる。その決断のつけ方の成功した句。最近の晴海さんはふっきれたというか、自分ではそうは思っていないらしいが、良い線いっている。もっと自信を持てば恐いものなし。
2006.1  「樹」166号掲載