作品展望155「樹」161号を読んで

  憲法変えずに   悪のススメ          
 北九州母親大会講演テープを聴く。東京大学教養学部教授小森陽一氏の憲法の話。大学で必須科目の「憲法」は、不可にならぬようにと必死だった記憶しかないほど、面白くない文章の羅列と思っていたが、憲法第九条に素敵な言葉があった。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」この「希求」という言葉には生き残った者があの戦争で死んでいった多数の者のためにどう生きるかという倫理観がある、と大江健三郎氏は言及し、さすがノーベル文学賞受賞者と、小森氏は賞賛していた。 アウシュビッツと原子爆弾は、どちらも戦争と人間の悪魔性の点から同等価の惨劇なのだが、どうも日本人は原子爆弾を受けたことに怒りを燃やさないようで、不思議だったのだが、戦争放棄の憲法九条は、原子爆弾を受けた日本人だからこそ国権の発動たる戦争はしないと決断している事に気付いた。言葉には力がある。「正義の戦争」というおかしな言葉でも、発せられると効力を持った。俳句は言葉の文学である。言葉に操られて空疎な内容をもっともらしく並べていないか自戒。
  青梅を?いで一面ペルシャ湾    禅  智子
 樹齢五〇年くらいの梅を今年も?いだ。バケツに何杯もの青梅をばらまけば、こういう情景が見えるかもしれない。句会で見たときは通り過ぎたのだが、樹集で再見するとこの句が輝いていた。?いだ梅を洗うために水につけるとゼリーのように透き通るあの輝きも思い出した。近年石油問題でペルシャ湾はきな臭いが、アレキサンダー大王の夢見たペルシャ湾の輝きだ。

  打ち水や樹齢百年空空と      宗  五朗
  昨日はそら空は無聊や今日も空 竹内 卓二
 今時若者は空を見ない。五朗さんや卓二さんのように、打ち水しながら、無聊を託ちながらも空を見るのは、豊かに人生を重ねてているからだろう。あるいは淋しいから見るのかもしれない。二面性があるからいい。

  万緑の音生む一打の柏手       竹原 とき江
 静かな神社で「お参りします」と柏手をうつ。古い神社だから大樹が茂って万緑が美しい。その静寂に響いた一打が万緑をさやさやそよがせた心地よい風景。
  夏祭り男の尻は優しくて       広重 静澄
 七月句会の句。王長島現役時代、熊本でオープン戦を三塁側ベンチ上の特別席で見た。間近の野球選手のお尻太股の格好良さに驚いた。若い頃だったから恥ずかしくて誰にもいわなかったが、この句にそれを思い出したから特選にした。時効だろう。学校教育なのか家庭教育なのか、私たちの年代は肉体や容貌をあげつらうのは下品なことと教えられた。しかしミロのビーナスをいうまでもなく、肉体は美しく優しいし、それをそう感じる心を押し殺してはいけない。

 炎天を来てうちとけぬまま     古永  房代
 炎天を来て誰かに会う。なにか用があるから来たのだけれど、その用件も胸に思い描いて準備万端整えていたのに、太陽に照らされて汗はしとど、思いはまとまらず、言葉も素っ気なくなってしまって、気まずい思い。作者が炎天を来たのか、来客なのか、そこが謎なのだが・・・・

  光りある窓にやもりのうすき胸  堀  春美
 樹表紙絵作家うえだひろしさんの版画が家にある。一九九一年作落葉松黄葉図。これを買うときわたしはやもり図に惹かれたが、発情期のやもりとのひろしさんの説明に、居間に飾るのだからと断念した。グレイが主で、ぴたっと張り付いたやもりの腹部の赤い一点がいまも目に浮かぶ。
  夜の蝉声出さねば咽喉つぶれる  堀井 芙佐子
 今年の蝉の声を限りのあの声、何年も土の中にいたのだから煩いといえなくて、切なかった。十三年蝉、十七年蝉もいるらしい。二十四時間営業が増え夜が明るいので勘違いして鳴く蝉もいる。それを「咽喉つぶれる」と蝉への憐憫の表現の深さに感嘆する。
 
  少々飽きられていし百日紅     宮川 三保子
 百日紅はなかなか芽吹かないが、花が咲いたと思ったらいつまでも咲いていると聞く。花のナマケモノ。身近にないから数えたことはないが、本当に百日咲き続けるのだろうか、飽きられるまで。

  目ざむれば朝顔ぞろぞろ敗戦日   秋山  敬
 ずっと八月一五日は終戦日と思っていた。そういう教育だった。アウシュビッツのことは教わっても南京事件や韓国人を拉致して探鉱で働かせていたこと、従軍慰安婦など、知らなかった。岩波ブックレットNo六五七が通販生活の付録だった。長い題だが「憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言」という小冊子。
あの戦争で二千万人、日本は三百万人が亡くなったという事実を風化させてはいけない。「ぞろぞろ」の擬態語がうまく使われている。戦争を知らない世代が増えている事への危機感を感じる。
  夏の虹幾度人の道尋ねおり     秋山 修恵
 虹を眺めていた修恵さんは何度も道を尋ねられた。ただそれだけの光景なのだが、みな「あの虹に辿り着くにはどう行けばいいのですか?」と尋ねたのではないのだろうか。修恵さんは「此の道を真っ直ぐ行けば行き着きますよ」とにっこり教えたのではないだろうか。今夏は虹を見なかったなあ。

  眼科医に薬増やされ土用来る    穴井  栄子
 お盆前に歯が痛くて、二日眠れなかった。三日目たまらず休日なのに応急処置をかかりつけに歯科医にして貰う。痛み止めと化膿止めを飲んだらぴたっと痛みがとれて、驚いた。日頃薬のたぐいは飲まないから効いたのだろう。痛みが取れたら元の薬嫌いになって、処方箋だけ貰って薬局には行かなかった。栄子さんも薬嫌いなのだろう。「増やされ」にそれがのぞいている。

  星一つ残して闇夜遠花火      伊藤  キクエ
  大花火裂けては見ゆる城の杜    井上  ちかえ この夏は歯の痛みもあって、例年見る花火大会のどれも行かず残念な夏だったから、花火の句に惹かれる。遠花火を見るきくえさんはついでに空を仰いで、星は一つと確かめた。その星は花火のかけらだったかもしれない。大花火の明るさにくっきりと見えた城の木々を見たちかえさんは、それは花火が裂けたからだと感じた。実感は言葉を強める。ただ一つの事実に焦点を絞ることで、強い思いとなって俳句が出来た。

  投稿の桝目残して秋立ちぬ     小野  カズ
 投稿しようと原稿用紙を用意したけれど、そして何行か書いたけれどとうとう投稿しなかったという情景。文章かもしれないし俳句かもしれない。なんだか心残りで、でも書けないんだから仕方ないんだわという諦めも含んだ複雑な心境が「秋立ちぬ」に集約されている。

2005.9  「樹」162号掲載