作品展望152「樹」158号を読んで

 センベノーと悪のススメ                 
 これはモンゴル語。アロハーと同じく挨拶の言葉。広い広い草原だから、朝とか昼とかの句別なく「センベノー」と抱き合って挨拶する。6月4日5日とモンゴル共和国の子ども十人が伝統芸能を披露する「センベノーコンサート」の受付をする。モンゴル共和国の国家予算の七割はソ連の支援だった。ソ連が崩壊しモンゴル共和国は六割近い失業率となってしまった。おまけに近来にない寒波がモンゴル平原を襲い羊は凍死し、このままだと餓死するのでせめて子どもだけはと、残飯のある都会へ捨てる親。いくら都会でも冬は零下四十度。生き延びるために鼠やゴキブも住むマンホールで生活する子どもはウランバートルだけでも二千人はいるという。その窮状を見、断れずに子どもの命を守ろうと仲間に呼びかけて活動しているのがNGO沖縄チャイルドサポート代表の池間哲郎氏。今時珍しい義人である。モンゴルの子どもも可哀相だけれど、食べ物のたっぷりあって恵まれている日本の子どもの方がよほど可哀相と考える人である。マンホールチルドレンだったその子どもたちの笑顔は命に溢れていた。疲れた、退屈、別にーという日本の子どもの命は生きているのだろうか。

  夜桜の奥から覚めて来る男     佐藤 綾子
 夜桜見物にお酒は付き物。飲んで一眠りした男が、酔いが覚めて現われた。と解したのだが、それだけなのだろうか。「覚め」は目が覚めるの意と、酔いが覚めるの意と、もう一つ冷静な態度の意もある。人々が桜に酔い痴れている側を、実に冷静な男が通ったのかもしれない。その三つ全てですとは、ちょっと贅沢ですね、綾子さん。

  みどり溢れて人間たちは水っぽい  鮫島 康子
緑は瑞々しい命に溢れている。しかし、人間は・・・そうなのだ、子どもが生き生きしていないのは、その延長上にいるおとなが生き生きしていないからだ。今の子どもは判らないとおとなは愚痴をこぼすが、直接間接に彼らを育てたのはおとなである。手前の育て方のまずさを棚に上げて、子どもの不始末を嘆くのは筋違いである。しかし戦後教育は個人主義を推し進めた結果、悪い意味の個人主義に陥ってしまった。夏目漱石は英国留学で個人主義の素晴らしさに感じ、文章を書いている。それは他人を考えた上での個人主義なのだ。自分可愛さのは利己主義という。どうも細かいところではき違えて、つまり手前勝手な個人主義が横行した結果、他人も自分と同じ人間なのだという基本思想を置き忘れてしまった。昔ある人から「自分が一番大事なものを人にあげなさい」と教えられ(実は美禄句会の生みの親卓二氏)その実行の困難さに、我が心の貧しさを思うことが多い。水っぽくなく、みずみずしく豊かに生きているのは康子さん。

  草若葉赤子のおててよく動く     田中  恵
中村草田男の「万緑の中や吾子の歯はえそむる」はたくさんの緑と赤ちゃんの小さな白い歯が対照的と解説されている。これは「草若葉」である。草に向けられた視点は当然低い。その延長上に赤子がいる。小さな手がよく動くことを発見しとてもうれしかった恵さん。

  還らざる兵士ら老いず花明かり    徳永 義子
 元日本兵発見のニュースが流れ、それが本当だったら、えー、もう八十歳ではないかと驚いたのですが、嘘だったのですね。未還の兵士は浦島太郎にはなりません。生きていて欲しいと願い、若いままでいて欲しいと願う、矛盾だけれど、それも真実ですね、義子さん。

  春蘭が泣きだしそうな闇の中     野田 直美
杉田久女に「春蘭の雨をふくみてうすみどり」とあるように春蘭は、静かな花。闇の中で泣きだしそうというのはどんな風だったのでしょう。春蘭にこと寄せて泣いていたのは、直美さん?話は変わるが杉田久女が精神分裂病で亡くなったというのは作られた話だと「俳人杉田久女の病跡」という本をこの四月に上梓された熊本の精神科医がいる。高浜虚子と松本清張と吉屋信子の三人が伝説を作ったのだと看破した著者寺岡葵氏は『季刊熊本県精神病院協会誌』連載の記事を古稀を記念して纏められたのだ。杉田久女といえば天籟通信の増田連さんの労作がある。それをもとにして田辺聖子さんは『花衣ぬぐやまつわるー我が愛する杉田久女』を書かれ、久女への汚名は注がれたのだが、現役の精神科医からの検証は、もっと力がある。彼女の俳句よりも虚子に破門されて云々が喧伝されている不幸が、これでいくらか薄らぐだろう。熊本出版文化会館発行。

  蚕豆の眸黒くして空を見る     姫野 恭子
 空に向かって豆果を伸ばすからそらまめ。ではどうして蚕の文字をつかうのだろうか。ご存じの方は教えてください。植物名は蚕豆、漢字表記は空豆とある。最も栽培の歴史の古い豆の一種。古代エジプトや西アジアで栽培されていた。我が国には、七三六年に中国経由でインド僧の手ににより渡来している。ソラマメ の名は、我が国では、既に17世紀頃から文献に見られるそうだ。昔話に「そら豆のお腹は何故黒い」というのがある。豆果のへそは完熟すると真っ黒になることから生まれたお話し。その黒さを眸と捉えたのは恭子さん。

花は葉に白紙のままのアンケート  古永 房代
 花は実にとか花は葉にとかいう言葉は、実に含みがある言葉である。季節を二つ背負っているからだろうか。だからアンケート用紙に何も書かないのは、拒否なのか逡巡なのか躊躇なのか、実に曖昧である。曖昧だけれども、上五の「花は葉に」で何かが浮かんできそうではないか。これは春樹氏の「掻きたてるるものに闘志よ花は葉に」にも共通する。春樹氏のは勿論「春風や闘志いだきて丘に立つ」への痛烈な皮肉が込められている。一明氏の「花は葉に日本人がわからない」は素直。

  アスパラの穂先は秘密めいていて   堀  晴美
ほんとにそうだ。アスパラガスの穂先の不思議なこと。伸びるに任せておけば、穂先は全て葉になるのだろうが、それは判っていても「秘密めいて」と感じる心が素敵だ。この世の中は、全部あたり前の現象なのだろうが、ちょっと視点を変えることで、不思議なことも起こる。不思議と感じる柔らかな晴美さんの心に祝福を。ずっと昔、アスパラガスといえば白いのしか知らなかった。それも缶詰。マヨネーズを添えたサラダの一皿は、御馳走だった。しかし土をかぶせて白く育てたのより、グリーンアスパラは気持ちがいい。さて、このアスパラは白それとも緑?

どしゃぶりもよき眺めなり柿若葉  堀井 芙佐子
 逢えばもう別れたくなる柿若葉   増谷  信一
 柿若葉の優しい緑へ、芙佐子さんも信一さんも全く異なる状態を配した。これは憎い心配りである。こういうの屈折という。それがあると句に奥行きというか広がりというか、ふくらみが生まれて、俳句が好ましくなる。ところで、柿若葉の天麩羅を今年はじめて食べた。柔らかな緑の葉っぱの天麩羅は、上等の薄切り肉の感触だった。

  たんぽぽと児にはきかない箝口令   依田 しず子
点頭てんかんによる知的な障害を持って生まれたお子さんが、四歳半の時たんぽぽを見て「ンポポ イレイ」とはじめて二語文を喋ったというエッセーを読んだ。お花の好きなお母さんで、家には花を絶やしたことがないのだが、野の花たんぽぽの強さには勝てなかった。子と箝口令だけでは川柳味が強いが「たんぽぽ」の力で俳句になった。

好ましい句
沖へ沖へ青水無月の波がしら 猪ノ立山 貞孝
春昼の人待つベンチ風過ぎる    井 上 ちかえ
  先生は冗談が好き蕨餅       太田   一明
桜咲く特急通過駅の椅子      魚返  サツ子
2005.7  「樹」159号掲載